ダイレクトボックス

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ダイレクトボックス とは、電気/電子楽器の出力を直接ミキシングコンソールに接続するために用いるインピーダンス変換器である。D.I (Direct Injection)あるいはダイレクト・インジェクション・ボックスと呼ぶ場合もある。

目次

歴史的経緯

楽器の分離を明確にする録音手法及び音楽の低域方向へのレンジの拡大に伴い、特にエレキベースにおいて楽器用アンプから再生される音をマイクで収録する技法に限界を感じたエンジニアがE.ベースやE.ギターなどの電気楽器をコンソールやヘッドアンプなどへ直結線して録音するために開発された。その後はピックアップから出力される楽器本体のサウンドを、よりクリアに収録するための方法として広くスタジオなどに普及した。

録音現場での実態

1960年代中頃のイギリスではビートルズがスチューダー社(スイス)製の4トラック・レコーダーでレコーディングを行っていて、4トラックしか無いのに彼らの要望は「もっと沢山のトラックを用意して欲しい」という要望だったため、トラックが埋まっては、もう1台の4トラック・レコーダーを用意してリダクション・ミックス(バウンス、いわゆるピンポン録音)することによって、更なるオーバーダビングで使用できるトラックの空きを作っていた。だが、その作業を繰り返す内に最初にリズム隊として録音されるベースは数回にわたりコピーを繰り返されることになってしまい、ミキシングする頃には「輪郭がぼやけた音」に成り下がってしまっていた。そこでジョージ・マーティンジェフ・エメリックからの打診を受け、アビー・ロードの技術陣が録音コンソールやヘッド・アンプ、またはテープレコーダーにE.ベースやE.ギターのハイ・インピーダンス出力のジャックから低インピーダンスの機器へ直接(ダイレクト)接続(インジェクション)出来る機器を作成して、エッジが鋭い音色でレコーディングするために考案されたのが一般的には始まりとされている。

当時の技術水準から推測して、このインピーダンス変換にはライン・トランスが用いられたと思われる。トランスによるインピーダンス変換は電話機器の技術として1920年代には完成しており、ラジオ局等でも普通に使われていたため、そう目新しいものではない。したがって、アビー・ロードの技術陣がDIを発明したと捉えるのは間違いだろう。

ダイレクト・インジェクション(Direct Injection)の頭文字を取って別名「D.I」(ディー・アイ)と呼ばれるようになった経緯がある。

その後もアンプ・サウンドにはないダイレクトなサウンドは人気となり、ディストーションでガリガリな歪みになったギター・サウンドを、直接ミキシング・コンソールなどに入力して、アンプからは出しにくい様々なサウンドを様々なアーティストによって生み出された。ジョン・レノンは特にD.Iの効果を気に入り、自分の喉にプラグをさせるように手術しかけるほどだったそうだ。ジョン・レノンが「リボリューション」(シングル・バージョン)で聴かせるイントロからの思い切り歪んだディストーション・サウンドは、彼のエピフォン・カジノをD.I経由でミキシング・コンソールのヘッド・アンプを幾重にも通過させ、信号を飽和させる事によって作られたモノだったため、空気感を伴わないきわめてドライなディストーション・ギターとして収録することが可能になっている。アルバム「アビー・ロード」収録の『ジ・エンド』で3廻り目と6廻り目のギター・ソロに登場するジョン・レノンのギター・サウンドもリボリューションのギター・サウンドに加え特筆モノだろう。

原理と構成

ダイレクトボックスの目的はインピーダンス変換と不平衡→平衡信号への変換である。

エレキギター、エレキベースのような電気楽器は一般にピックアップの出力インピーダンスが数百kΩ~数MΩの高インピーダンスであり、ミキサーのマイクあるいはライン入力のインピーダンスが数百Ω~数十kΩであることから、そのまま接続すると音声レベルが低下して、これを増幅すると周囲の雑音に影響されやすくなる。またインピーダンスの不整合は周波数特性が変化して好ましくない音色の変化などが生じることがある。これを嫌って高インピーダンスから低インピーダンスに信号を変換する役目を持たせてミキサーに直接接続できるようにした物がダイレクトボックスである。

インピーダンス変換とともに、長距離の伝送に対応するために不平衡→平衡変換をおこなうのが一般的である。インピーダンス変換のみで平衡出力を持たない機種の場合はダイレクトボックスとは言わずにプリアンプ/バッファーアンプと呼称する場合がある。

この機能を利用して主として接続されるエレキギター、エレキベースの他、キーボード、ラジカセなど不平衡出力を持つ機器から長距離伝送する場合に対して有用である。

エフェクターではないため基本機能として音色の変化はないように設計されているが、実際には回路素子の特性から音色が変化する。使用者にはこれを利用して楽曲に合わせて選んだり、自分にとっての理想を求めて自作する者も見られる。回路素子もトランスオペアンプあるいは真空管など多様である。

パッシブ型

初期のものではインピーダンス変換と不平衡→平衡変換をトランスによって同時におこなう構成が用いられた。この構成では電源がいらずに構造がシンプルであることが特徴だが、入力インピーダンスをある程度以上に高くできないという難点があった。この構成をパッシブ(受動)型と呼ぶ。

アクティブ型

後に入力インピーダンスを高くするために入力段にFETなどを使ったアンプを組み込んだ機種が一般的になり、現在ではこのタイプが主流である。このタイプの出力側はトランスもしくは電子平衡出力となっている。この構成をアクティブ(能動)型と呼ぶ。電源は乾電池、ファンタム電源(ミキサーの平衡入力端子から得られる)、あるいは商用電源のいずれかから供給される。

付加機能

  • 入力スルージャック
入力ジャックと並列に接続され、楽器出力を分岐して楽器用アンプなどへ接続するために用いる。または、チューナーなどの周辺機器を接続する場合にも使われる。
  • グラウンドリフトスイッチ
ダイレクトボックスのフレームグラウンド楽器用アンプなどと触れている場合に、接地された商用電源コンセントなどとミキサーとの間でお互いの接地の電位が一致しないなどの理由でグラウンドループによるハムノイズが発生することがある。この場合にXLRコネクターの1番ピン(GND)を切り離すか入力側の回路をフレームグラウンドから切り離すことでグラウンドループを回避する。
機種によって手法が異なる場合があるので使用の際は仕様を確認しておくことが望ましい。
  • 位相反転スイッチ
バランス出力の極性を切り替える。
  • フィルター
低域あるいは高域をカットする機能である。周波数固定(選択式)の構成が一般的だが連続可変の機種もある。
  • PAD(減衰器)
トランスあるいはダイレクトボックス内のヘッドアンプが飽和しないように挿入される減衰器である。
機種によっては楽器用アンプのスピーカー出力を減衰可能な構成になっているものもあるが、仕様を確認して回路が焼損しないように注意する必要がある。
  • ゲイン切り替え
ダイレクトボックス内部で増幅度を持つタイプが有り、増幅度を可変出来るようになっている機種がある。

関連項目

  • アンプ・シミュレーター
楽器用アンプは音づくりの一環としても用いられる。D.Iを用いてライン録りする場合はアンプの音を活かすことができない。そこでライン録りした信号を加工し、楽器用アンプのスピーカにマイクを立てて音を拾ったイメージを造り出すために、専用のエフェクタが用いられている。現在では各社からDAW用のPlug-Insとして実際のギター・アンプからモデリングされたアンプ・シミュレーターがリリースされていて、最近の物では単にアンプのサウンド特性だけではなく回路内の電気特性を事細かくデータ化してモデリングしているため、実際にギター・アンプを鳴らしたときとの差異が殆ど解らないレベルにまで達してきていて、ギタリストによってはPlug-Insのアンプ・シミュレーターの方をメインにしている人も居る。

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