Gamma

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Gamma
Gammaの画像
プロフィール
リングネーム Gamma
菅本 嘉人
本名 菅本 嘉人
ニックネーム 世界のローカル3流レスラー
身長 170cm
体重 88kg
誕生日 (1973-05-16) 1973年5月16日(46歳)
出身地 福島県いわき市
所属 DRAGON GATE
スポーツ歴 ボクシング
剣道
ボディビル
トレーナー ザ・グレート・サスケ
スペル・デルフィン
デビュー 1996年4月23日
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Gamma(ガンマ、1973年5月16日 - )は、日本プロレスラー。本名:菅本 嘉人(すがもと よしと)。

経歴[編集]

1996年4月23日みちのくプロレス二戸市体育館大会で菅本嘉人として対ウィリー・ウィルキンスJr.戦でデビュー[1]

1997年3月、みちのくプロレスを退団。同年、サラリーマンに転身。

1999年4月、大阪プロレスに入団。

2001年1月、リングネームをGammaに改名。同年、ルード軍「FLUXxx」を結成。5月13日、「大阪タッグフェスティバル」に大王QUALLTとタッグを組んで出場して優勝。5月19日スペル・デルフィン&村浜武洋組との王座決定戦に勝利してQUALLTと共に大阪プロレスタッグ王座を獲得。6月24日、デルフィンに勝利して大阪プロレス王座を獲得。

2003年2月、FLUxxを離脱したことで解散。

2005年4月、大阪プロレスを退団。5月、個人事務所「Gammax」を設立。

2006年4月、マグニチュード岸和田の誘いを受けてBlood Generationの助っ人としてDRAGON GATE(以下「DG」)に参戦。しかし、前年の、びっくりプロレス(元大阪プロレス所属スタッフによる自主興行)での因縁からCIMAと折り合いがつかず仲違いを繰り返して吉野正人土井成樹らと共にCIMA、ドン・フジイを襲撃し新たにマッスル・アウトローズ(以下MO)を結成。以降、DGを主戦場としている。現在に至ってはDGのトップヒール(自称「エース」)まで上り詰めた(試合前の選手紹介の時にリングアナウンサーが「DGのエース」とコールしていた)。

2007年8月11日、名古屋国際会議場大会にて玉岡金太と組んでのマスカラ・コントラ・カベジェラ戦(相手は、アンソニー・W・森ドラゴン・キッド)で玉岡のプロテインパウダー攻撃誤爆でフォールを奪われGammaが坊主となった。9月22日大田区体育館大会で玉岡とシングルで対戦し、MOのメンバーの裏切りに遭い敗北、MOから追放となった。9月23日、DGよりGammaからの申し入れにより、Gammaとの契約を解除すると共に今後一切DGへ参戦しないことが発表された。一方、Gammaは9月22日の試合終了後に「(DGが)全てにおいて約束を違えること、信頼関係が保てなくなったこと、約束を守らなかったこと」をマスコミの囲み取材でコメントしており、当初2年(2006年3月から)であった契約を上述理由により、大田区大会で破棄したとしていたが、10月21日の京都KBSホール大会において再びDGに復帰。CIMAと握手を交わし、タイフーン入りを表明するが、すぐに裏切りMOへ復帰した。復帰の際には観衆に「大Gammaコール」で迎えられた。12月「KING OF GATE」に参戦して決勝でCIMAに急所蹴りを直撃させ試合続行不可能な状態にして優勝。

2008年2月、CIMAの持つオープン・ザ・ドリームゲートに挑戦したが敗れた。4月にオープン・ザ・ブレイブゲートトーナメントで優勝し王座獲得。同時にブレイブゲートの名称をオープン・ザ・Gammaゲートと勝手に変更。ちなみに防衛戦では格下の超神龍と3度、Dr.マッスル佐野直と戦い、いずれも勝っているが、内容はタイトル戦の試合とは思えないほど反則や凶器攻撃、にて更には堀口元気ガンマゲート実行委員長の理不尽な判定等で防衛している。しかし6回防衛したところでDr.マッスルに扮した吉野正人に敗れてオープン・ザ・ブレイブゲートに戻された。

2009年1月18日、所属していたユニットREAL HAZARDを追放された。それまでは一貫してヒール(嫌われ役)だったが斎藤了の裏切りにあってREAL HAZARDのメンバーに袋叩きにされていた横須賀享を救出して、そのままオープン・ザ・ツインゲート王座挑戦を表明。3月1日の王座戦でサイバーから3カウントを奪い、初めてツインゲートを獲得。試合後に長期欠場中の(一部ではGammaとは犬猿の中と呼ばれていた)CIMAを呼び込み、横須賀享、REAL HAZARDから脱退したKAGETORAと共に新ユニットWARRIORS-5結成を表明。

2010年11月13日、WARRIORS-5を離脱し、土井らと共闘することになった。その後、WARRIORS-5がWARRIORSへ、そしてBlood WARRIORSになるが、シフトチェンジを理由に追放されて望月が率いるJUNCTION THREEに加入したが敗者ユニット脱落マッチで脱落し追放。一時期はハリウッドストーカー市川や、しゃちほこマシーンと試合を行っていたが、CIMAがBWを追放されると、二度目の大阪06の結成と第2次ベテラン軍として、望月・フジイ・市川らと共闘することとなった。

2014年よりヨースケ♥サンタマリアと戦うことが多くなる。またGammaは全身網タイツのGamma女王を彷彿させるようないでたちで登場しエビアンをヨースケの口に移すというムーブメントを見せたりした。さらにはマリアでもやらない観客へのキスなども見せる。尚、この年の12月に行われた興行に於いて怪我により休場中だったマッド・ブランキーのリーダーである土井成樹によって興行後に土井ダーツなるイベントが開かれ、自身のヒールユニットであるMAD BLANKEYへの強制加入が決まった。

2015年5月5日、愛知県体育館大会にてドン・フジイ、CIMA、K-ness.(後にMAD BLANKEYに復帰する)らと共に追放される。 その後は斉藤了扮する「了八先生」と共に「3B生徒会」に字がキレイと言う理由で書記係に任命されている。

得意技[編集]

ボディビルダー型のビルドアップされた肉体が目を引くがパワーより、身体のバネと柔らかさを生かした闘いを見せる。肩に故障を抱えているため、力技を用いることは少ない。

スカイツイスタープレス
ダイビングヘッドバット
ガンマスペシャル下剋上
下剋上エルボー(ダイビングエルボードロップ)と同型。
新ガンマスペシャル
メテオラと同型。
ガンマスペシャル
シュバインと同型。
ガンマスラッシュ
ジャックハマーと同型。
フラッシュバック
ブリッツェン
くるっとボム
シャドウドライバーと同型。
サイコデスロック
ガン・マヒストラル・スペシャル
ガンマクラッチ
デルフィンクラッチと同型。
ガンマ助クラッチ
雁之助クラッチと同型。
G9クラッチ
V9クラッチと同型。
アックスボンバー
サミング
チョキの指で相手の両目を潰す反則技。水平チョップ合戦から水平チョップを打つと見せかけて止めて相手が固まったところへチョンッと突く。
スイートエンジェルキッス
自身の手にツバを吹き付けて相手の顔に塗りたくる。以前はバナナやコンビニのおにぎりを口に含んでから行う、というようなこともやっていた。技名はあるものの、単に「ツバ攻撃」と実況されることも多い。
エビアン
ダウンした相手に、うがいをした水をかける。スイートエンジェルキッスと同じく、この技も単に「汚水攻撃」と実況されることが多い。
シンガポールケイン
青い竹刀で相手を殴打する。
乳首攻撃
相手のわずかな隙をついて乳首をつかむ。
ガンマ油
金網サバイバルマッチで旗を取ろうと金網を登る相手にサラダ油をかけて滑らせる。

入場曲[編集]

  • Shout at the Brain ※「Over Generation 2018」に収録
80年代音楽好きのGammaの希望により、ベース演奏を元チェッカーズ大土井裕二、ドラム演奏をC-C-B笠浩二が務めている。

タイトル歴[編集]

リングネーム[編集]

  • 菅本嘉人
1996年4月23日から2000年12月まで使用していた。
  • Gamma
2001年1月から現在使用中。
  • ビューティフル ジョー
2004年11月3日大阪プロレス松下IMPホール大会で村浜武洋兜王ビードルとタッグを組んで対ブラックバファロー&大王QUALLT&ユタカ戦で登場。カプコンから発売されたテレビゲーム「ビューティフル ジョー」とのタイアップ企画。
  • Gamma大王
2008年11月16日DRAGON GATE大阪府立体育会館第1競技場大会の対B×Bハルク戦で登場。2008年9月から因縁が勃発したハルクの第二の姿「ダークサイド・ハルク」に対抗して誕生。ブギーマンに似て顔から上半身を赤、目と口周りに白のペイント、白いカラーコンタクトレンズと言う不気味な姿で試合中には奇声を上げている。堀口元気曰く「紀元前1万年前にかの有名なGamma帝国を築き上げ、現代の医学のすべてを駆使して降臨した」。
  • Gamma女王様
2009年1月20日、新宿二丁目プロレス新宿FACE大会で宮本リンチ、ドS看守とタッグを組んで対M坂井&マサ高梨&大橋篤組戦で登場。SMのボンテージ風の格好でムチを駆使して攻撃する。
  • Gamma親方
2009年6月21日、DRAGON GATE博多スターレーン大会で行われるとの試合前に登場。髷のかつらに白いまわし、片手に竹刀を持っている。
  • ストロングマシーン・G
2019年4月10日、DRAGON GATE後楽園ホール大会でストロングマシーン・J、ストロングマシーン・Fとタッグを組んで対Kzy&横須賀ススム&堀口元気組戦で登場。

エピソード[編集]

  • 一般的にはヒールに分類されるが、Gammaは「ヒールとは悪いことをする人のことを指す言葉で、僕は悪いことなんてしていませんから。好きなことを自由にやっているだけです」ととぼけている[2]
  • ベビーフェイスになっても汚水攻撃、竹刀攻撃は止めないが試合会場の支持は厚い。
  • 歴代のKING OF GATE優勝者の中で数少ないオープン・ザ・ドリームゲート王座の獲得経験がない選手であるが、オープン・ザ・ツインゲート王座オープン・ザ・トライアングルゲート王座を同時戴冠した選手でもある。
  • コスチュームは漫画「キン肉マン」に登場するロビンマスクをモチーフに作られた。みちのくプロレス時代もウルトラマン仮面ライダーを参考に作られている。しかし、ヒーローオタクではないらしい。
  • ユニット「WARRIORS-5」に加入してヒールからフェイスターンしたが、反則行為や相手への嫌がらせなどファイトスタイルはヒール時代からほとんど変化していない。しかし、これらの行為に対して観客からは大声援を受けている。
  • 2007年9月22日の大田区大会後に一旦、DRAGON GATEと絶縁宣言を行ったが、約1ヶ月後に復帰(上記経歴欄参照)。なお、DRAGON GATEはミラノコレクションA.T.SUWATARUら所属選手が離脱した際は一切の接触を断つ(最近は多少緩和されつつあるが)他、DRAGON GATE公式サイトの選手リンクからも即刻抹消するように厳しい態度で接するのが常であったため、Gammaの復帰劇は極めて異例な事柄と言える。この絶縁宣言についての詳細は一切明らかになっておらず、真実なのかギミックなのか不明である。ちなみに、離脱中はマンモス半田の自主興行(自分から参戦のオファーをかけたらしい)、グレートプロレスリングなどのローカル団体に参戦していた。
  • KTVのアナウンサーの山田恭弘とは妙な因縁があるのか、テレビ中継などで執拗に攻撃を加えたりする。
  • 週刊プロレスのファン企画でファンの女子高校生がエビアン(汚水攻撃)を受けた。それに対してCIMAは保護者に「お母さん、どういう教育してますの」と苦笑いしていた。
  • 探偵!ナイトスクープに出演しており、過去には依頼者の飛び蹴りを受け止めたり、生でプロレスを見たい依頼者の祖母のためにプロレスをやったり「電気あんまがプロレスラーにも効果があるのか」という依頼で出演している。また、電気あんまをスリムクラブの真栄田賢に決められて逆にお返しをしたことがある。

PV出演[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ ウィリー・ウィルキンスJr.は第1試合で斎藤誠(デビュー戦)、第2試合で菅本嘉人と2試合行っていた。
  2. ^ プロフェッショナルインタビュー「Gamma」 |インライフ インタビューより