Lo-D

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Lo-D(ローディ)は、かつて日立製作所の日本国内におけるオーディオブランドであった。名称の由来はローディストーション(=低歪み)からの造語である。

現在では日立コンシューマ・マーケティング リビングサプライ社[1]が発売するオーディオ機器等のブランドである。

概要[編集]

1960年代後半からいわゆる「高級オーディオ/単品オーディオ」専門ブランドとしてスタート。

1970年代のオーディオブームに乗って、東芝日本電気三菱電機といった総合電機メーカーが市場に参入する中、日立グループの総合力と技術力を結集し、ギャザードエッジスピーカーをはじめ、パワーMOS FETアンプ、ユニトルクモーター、コンパクトカセットデッキ用3ヘッド(当時世界初)、CDプレーヤー(当時ソニーと同時期に世界初)を開発するなど、総合電機メーカー系では群を抜く存在であった。

1980年代半ばに差し掛かると、国内におけるオーディオ市場の主体が、家電系オーディオ機器(ラジカセ、ヘッドホンステレオ、ラジオなどのポータブル系)へ移行。いわゆるオーディオ不況となり、先述の総合電機メーカーが次々と撤退。日立も1992年のDATキャリングレコーダーDAT-88を最後に自主開発を中止し、当時日立グループであった旧日本コロムビア(旧DENON)からのOEM供給へ移行後、1990年代半ばまでに完全撤退した(完全撤退後しばらく、日立のオーディオ総合カタログには旧DENON製品が掲載され、日立チェーンストールに斡旋卸されていた)。

ちなみに、Lo-Dの冠をつけた若者向けのショールーム「日立ローディープラザ」を東京銀座の銀座インズ内(現在はHMV銀座店の一部になっている)にも設けたこともあった(その後ショールームは生産撤退後「日立ヤングプラザ」という名称に変更され、その後閉鎖された)。

高級オーディオから撤退した1980年半ば以後、HITACHIブランドの家電系オーディオ機器(ラジカセ、ヘッドホンステレオ、ラジオなどのポータブル系)についても事業を大幅に縮小。特にメインのCDラジカセについては、中・上位機種をパナソニックシャープサンヨーからOEM供給を受け、下位機種は当時の韓国金星社(現在のLG)に技術を移転し、生産委託していた。

この頃から、CDラジカセヘッドホンステレオ、ポータブルCDプレーヤーにもLo-Dブランドが冠されるようになった。

なお、いわゆるミニコンポのジャンルに限っては、一定の人気があったため、例外的にしばらく自主開発を継続した。

1988年、CDからカセットテープへの録音編集機能を充実させた、通称「ツインエディットコンポ」を発売。完全独立型トレイのツインCDプレーヤーを搭載し、2枚別々のCDから1個のカセットテープに録音できたり、クロスフェードREC(前曲の終わりと次曲の始まりをフェードアウト・フェードインでノンストップに繋げる機能)で簡易的ながらノンストップリミックスができるなど、当時の競合他社を凌駕する編集機能と、中山美穂が双子のように演技するCMで一躍ヒット商品となり、結果的に4代目まで続いた。

しかし、1990年代初頭以降、ソニーピクシーケンウッドアローラといった、ミニコンポの性能をそのままにダウンサイジング化した「ミニミニコンポ」にトレンドがシフトすると状況が一変。 日立は、ワイヤレスリモコンにヘッドホン端子を持つ「サウンドリモコン」を搭載した自主開発のミニミニコンポ「PeeWee(ピーウィー)」を発売して参入したが、機能面、デザイン面で支持を得られず惨敗。事業を大幅に縮小した。 その後は1995年までシャープ日本コロムビアから本体部のみOEM供給を受け、自社製のギャザードエッジスピーカーをセットにした高級路線のミニミニコンポ「ギャザードPeeWee(ピーウィー)」を企画・販売していたが、いわゆるバブル崩壊でアイワに代表されるオーディオの低価格化志向が鮮明になると、「ギャザードPeeWee(ピーウィー)」のラインナップを打ち切り、唯一最後まで自主開発を継続していたギャザードエッジスピーカーも販売を終了。オーディオ製品の自主開発から完全撤退し、事実上終息した。

完全撤退後しばらくは、LG社が韓国内で製造発売していたオーディオ製品を、日本の電気規格/ラジオ周波数/日本語表記に変更したものがHITACHIブランドとしてOEM供給、日立チェーンストールにて販売されていた(この頃「Lo-D」の表記はオーディオ総合カタログのみとなっていた)。

1990年代終盤ごろになると、LG社からのOEM契約を解消し、再び日立がオーディオ事業を扱うこととなった。この時、一旦休止していたLo-Dブランドが復活し、オリジナルデザインのハイコンポと単品カセットデッキを発売した。

しかし、いずれも内部メカは旧DENONからOEM供給されたもので、既存製品との差別化に乏しく、専ら日立チェーンストールの品揃えの為のラインナップという位置付けであった。

2002年、日立製作所が日本国内におけるオーディオ事業を終了し、当時子会社であった旧日立リビングサプライにオーディオ事業を譲渡した(EU圏のみ日立ヨーロッパがOEM商品の販売を続行したが、2006年末で完全撤退)。

この頃からLo-Dブランドは、Hitachi Living Systemsとのダブルネームで、同社が企画したCDラジカセ、ミニコンポ、ポータブルCDプレーヤーに付与されていたが、2008年4月には唯一残っていたLo-DブランドであるUSB対応CDラジカセの販売が終了。この商品を最後に、40年余り続いたLo-Dブランドの歴史に一旦幕が下ろされた。

2012年10月、CDラジカセ「CK-55」を発売。Lo-Dのブランド名が4年半ぶりに復活するとともに、しばらく途絶えていた日立のCDラジカセラインナップが復活している。

こぼれ話として、家庭用オーディオ機器以外でも1970年代後半に「HMS-30」というアナログシンセサイザー楽器を、また1970年代後半から1980年代後半までカーオーディオシステム「LAGOON(ラグーン)」をLo-Dブランドにて販売していたことがある(販売は日立自動車部品販売)。

代表的な技術(日立製作所時代)[編集]

  • ギャザードエッジスピーカー - 「ギャザードエッジ」とは標準的なコーン型スピーカーのロールエッジを改良し、独自のヒダ(ギャザー)を加えたV型のエッジのことである。このヒダがあることによって構造的に伸びと縮みの応力が一定になり、かつ円周方向にも伸び縮みが一定であるために振動板の直線性が改善し、大振幅時およびエッジの共振によるひずみが低減され、fo(最低共振周波数)を低くとることが可能である。なお、現在ではアルパインが車載用スピーカーに本技術を採用している。
  • ユニトルクモーター
  • パワーMOS FETアンプ
  • ATRSシステム

代表的な製品(日立製作所時代)[編集]

パワーアンプ[編集]

  • HMA-9500 - パワーMOS FET搭載の完全セパレート設計2チャンネルパワーアンプ。
  • HMA-9500MK II(HMA-9500のマイナーチェンジ版) - オーディオ評論家の長岡鉄男が、リファレンスアンプとして愛用。現在でも中古商品がネットオークションなどで高値取引されている。

プリアンプ[編集]

  • HCA-9000 - 上記HMA-9500とペアにするべく開発されたプリアンプ。本機のために新開発された日立製高級コンデンサを大量搭載する“物量の日立”の面目躍如のプリアンプ。

カセットデッキ[編集]

  • D-4500 - 1973年当時、世界で初めて3ヘッドを搭載したカセットデッキ。
  • D-5500M - コンピューターがテープ特性を自動調整するATRS(Automatic Tape Response Search)システムを初搭載したカセットデッキ。
  • D-707HX - 日立初のドルビーHX PRO搭載モデルでありながら、日立最後のモデルとなったカセットデッキ。

CDプレーヤー[編集]

  • DAD-1000 - 1982年10月1日発売。ソニーCDP-101と同時発売された世界初のCDプレーヤー。当時子会社の旧日本コロムビアと共同開発(主体は日立)しており、DENONブランドではDCD-2000として発売された。デザインは両製品とも同一で、違いはシルク印刷のフォントとカラーのみ(Lo-Dはシルバー、DENONはブラック)であった。
  • DAD-001 - 日本初のセパレート型CDプレーヤー。プレーヤー部DAP-001とプロセッサ部HDA-001のセットモデル。

レコードプレーヤー[編集]

  • TU-1000 - 高トルクコギングレスDDモーター、重量級ターンテーブル、高剛性重量級キャビネットを備えた超弩級アームレスプレーヤー。

スピーカー[編集]

  • HS-10000 - 受注生産で販売された超大型5ウェイ平面スピーカーシステム。
  • HS-500 - 1968年発売。ギャザードエッジ技術を初めて搭載したスピーカー。現在でもオークションで高値取引されている。

ミニコンポ[編集]

  • ツインエディットコンポ(Wing / DIGITAL f5) - CDプレーヤーを2つ搭載し、クロスフェードダビングなど多彩なテープ編集機能を備えたミニコンポ。

イメージ・キャラクター[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 当初は日立リビングサプライだったが、2014年10月に日立コンシューマ・マーケティングに経営統合(吸収合併)され、同社の社内分社会社(社内カンパニー)となる