MJ -MUSIC JOURNAL-

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
MJ -MUSIC JOURNAL-
ジャンル 音楽番組 / 情報番組
企画 吉見佑子(企画協力)
演出 石本幸一
大前一彦
出演者 古舘伊知郎
加山雄三
田中律子
製作
プロデューサー 笠井一二
井上信吾
ほか
制作 フジテレビ
放送
音声形式 ステレオ放送
放送国・地域 日本の旗 日本
放送期間 1992年10月14日 - 1994年3月23日
放送時間 水曜日 22:00 - 22:54
放送分 54分

MJ -MUSIC JOURNAL-』(エムジェイ ミュージック・ジャーナル)は、1992年10月14日から1994年3月23日まで毎週水曜日22:00 - 22:54(JST)にフジテレビ系列局生放送されたフジテレビ製作の音楽情報番組である。

番組概要[編集]

司会は、古舘伊知郎加山雄三田中律子の3人。司会の3人が使っていたテーブルにはLED式フリーパターンが設置され、音楽業界情報や出演者の裏情報(例:田中律子が打ち合わせの時に、いも虫入りのキャンディを舐めていた)などを流していた。

これまでの音楽がメインだった番組とは一線を画し、「音楽」をキーワードに、音楽をあらゆる観点から検証する企画を中心に構成された。

1993年からは特集が中心になり、歌手による歌唱の映像を減らすなど音楽番組らしからぬ構成に偏っていった。回によっては歌が1曲だけになることもあった。

本番組の終了後、フジテレビのゴールデンプライム枠で放送される音楽番組は収録が主体となっていたが、2015年4月にスタートした『水曜歌謡祭』(現・Love music)は21年ぶりの生の音楽番組となっている[1]

MJスペシャル[編集]

MJでは通常放送以外にも、特集比重の通常版よりアーティストが多数出演して歌を披露する割合の多いスペシャルも改編期を中心に放送された。

  1. 1993年1月13日(22:00 - 23:24)
    本来なら1月6日の放送予定だったが、皇室関係の報道特別番組(『皇太子妃小和田雅子さんが内定』)放送の関係で1週繰り下げとなった。
  2. 1993年4月7日(21:30 - 23:24)
  3. 1993年10月13日(22:00 - 23:18)
  4. 1994年3月23日(22:00 - 23:24):最終回

エピソード[編集]

  • 奇抜な検証コーナーでCHAGE&ASKAを検証した際には、「チャゲアスは演歌だ」と結論付けたことでCHAGE&ASKAが激怒し、一時彼らとフジテレビが険悪な関係に陥った。しかし、この件に関して、後に日本テレビ系列の『おしゃれカンケイ』(本番組と同様、古舘が司会)で2人がゲストの際に、ASKAは「演歌だと言われて怒ったということになっているが、そうではない。それでは演歌を真剣にやってらっしゃる方に失礼だ」「(本当の理由としては)番組側と番組に関しての打ち合わせをした際、こちらが要求した事とは全く正反対のことをやられ、打ち合わせとは全く違う内容の番組をやられたため『これは明らかに悪意がある』と思い怒った。これをされたら誰だって怒る」と述べた。
  • 放送中、視聴者からのFAXを随時紹介する形式を取っていた。実際、1993年3月24日放送分において、山形テレビテレビ朝日系列ネットチェンジするために放送が打ち切られることに対し、「山形県での放送が打ち切られることになったため、どうしても見たいのに見られなくなる」「(仙台放送秋田テレビなどの)近隣県の系列局で見なければならない」などの苦情や嘆きの声が番組中で紹介されるに至った。
  • CM時にMC陣の後ろのFAXガールがアップになり、脚を組み替えるという演出もあった。
  • 一度、出演する歌手が歌を歌い終えれば、エンディングには出演しなかった。これは番組の構成上、生放送ゆえに放送時間に制約があったためである。
  • 1992年10月28日には後にメディア露出が極端に少なくなるZARDが出演し、「IN MY ARMS TONIGHT」を披露した。なおこの映像は、ボーカルの坂井泉水が2007年5月に逝去した後の『2009 FNS歌謡祭』にて初めて放送された(2009年12月2日)。その他、同放送回においてはB'zが「ZERO」を、T-BOLANが「じれったい愛」を披露し、ビーイング系のアーティストがヒット曲を連続して演奏するという放送回であった。
  • 番組は、毎週オリコンのデータなどを元にしたシングルランキングTOP10を「MJ RANKING」のコーナーで発表していた。1994年最初の放送では、1993年度年間シングルランキングTOP100(MJ RANKING)を発表した(データは、オリコン1993年間TOP100を使用)。100位→71位、70位→41位、40位→11位、10位→1位。ランキングの合間に、ゲストとのトーク・ライブがあった。なお、2007年から2016年4月までNHK総合テレビで放送されていた『MUSIC JAPAN』にも同名のコーナー「MJランキング」があるが、それとは無関係。
  • 1993年ごろからは遠距離恋愛などをテーマに特集を構成。番組で女性ボーカリストを公募し「遠恋ソング」なるものを作ったり、山根康広の『Get Along Together-愛を贈りたいから-』を番組で勝手に遠恋ソングに推薦したりし、さらには遠距離恋愛をテーマにしたMJ番組オリジナルCMを制作して放送したりもした。
  • 番組内で大プッシュしたTHE BOOMの「島唄」、橘いずみの「失格」は、放送後に、それぞれヒットし、他局での歌番組出演など頻繁にメディア露出が増え、この番組で紹介したアーティストはヒットすると確信したコメントがあったが、それ以降ヒットしたミュージシャンは出なかった。
  • 最終回のオープニングで、古舘は「番組タイトルの『J』は『ニュースJAPAN』の『J』に使われると思う」とコメントした。
  • 1993年8月11日には、NTT浦添ネットワークセンターのトラブルにより2分程度、沖縄テレビに加えてTBS系琉球放送で本番組が映るという放送事故があった。なお、琉球放送にて映画(水曜ロードショー)を楽しみにしていた視聴者からは琉球放送などに苦情があった。

スタッフ[編集]

  • 構成:玉井貴代志沢口義明佐々木勝俊、井辺清、金澤亜季子/秋元康
  • 企画協力:吉見佑子
  • リサーチ:マンダラハウス、オンリーユー
  • 音楽コーディネイト:ハーフトーンミュージック&システムズ
  • タイトル:山形憲一
  • ロケ技術:ダブルビジョン、D-taiL、ビデオワークス沖縄、TV SYSTEM、インパクト、オクナック
  • 取材スタッフ
    • ディレクター:ヒロ村石、田辺昌邦、小林壮太、徳元和寛、滝田朋之
    • プロデューサー:奥村浩、川崎邦治、阿部恒久、菊地恵一
  • アシスタントプロデューサー:菊地伸
  • ディレクター:遠藤達也、長部聡介
  • 演出:石本幸一、大前一彦
  • プロデューサー:笠井一二、井上信吾
  • 協力:オリコン、エアー・ミュージック・モニター、日本レコード協会ヒットチャートデータ
  • 技術協力:ダブルビジョン、FLT
  • 制作協力:オン・エアー、SCENE、4/8、ビデオサンモール、D3 Company
  • 制作著作:フジテレビ

ネット局[編集]

系列は番組終了時(1994年3月)のもの。
放送対象地域 放送局 系列 ネット形態 備考
関東広域圏 フジテレビ(CX) フジテレビ系列 制作局
北海道 北海道文化放送(uhb) 同時ネット
岩手県 岩手めんこいテレビ(mit)
宮城県 仙台放送(OX)
秋田県 秋田テレビ(AKT)
山形県 山形テレビ(YTS) テレビ朝日系列 1993年3月24日打ち切り[2]
福島県 福島テレビ(FTV) フジテレビ系列
新潟県 新潟総合テレビ(NST)
長野県 長野放送(NBS)
静岡県 テレビ静岡(SUT)
富山県 富山テレビ(T34→BBT)
石川県 石川テレビ(ITC)
福井県 福井テレビ(FTB)
中京広域圏 東海テレビ(THK)
近畿広域圏 関西テレビ(KTV)
島根県鳥取県 山陰中央テレビ(TSK)
広島県 テレビ新広島(tss)
岡山県・香川県 岡山放送(OHK)
愛媛県 テレビ愛媛(EBC)
福岡県 テレビ西日本(TNC)
佐賀県 サガテレビ(sts)
長崎県 テレビ長崎(KTN)
熊本県 テレビ熊本(TKU)
大分県 テレビ大分(TOS) フジテレビ系列
日本テレビ系列
遅れネット [3]
宮崎県 テレビ宮崎(UMK) フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
同時ネット
沖縄県 沖縄テレビ(OTV) フジテレビ系列

関連項目[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ “21年ぶりにフジテレビで生放送の音楽番組がスタート!あの森高千里が音楽番組初MCに挑む!『水曜歌謡祭』”. とれたてフジテレビ (フジテレビジョン). (2015年2月25日). http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2015/i/150225-i031.html 2015年2月26日閲覧。 
  2. ^ ネット打ち切りまではフジテレビ系列。その後1993年4月1日よりテレビ朝日系列へのネットチェンジにより打ち切り。但し、近隣のフジテレビ系列局(秋田テレビ・新潟総合テレビ・仙台放送・福島テレビ)をケーブルテレビなどで受信できた場合は、4月以降も視聴できた。
  3. ^ 1993年9月まで、テレビ朝日系列にも加盟。『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)の系列新局(OAB)移行準備に伴い、遅れネットが終了した1993年4月からネットを開始し、金曜夕方に放送していた。
フジテレビ系列 水曜22:00枠
前番組 番組名 次番組
逃亡者
(1992年7月1日 - 1992年9月16日)
MJ -MUSIC JOURNAL-
(1992年10月14日 - 1994年3月23日)
タモリのSuperボキャブラ天国
(1994年4月13日 - 1996年9月25日)