T・レックス

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T・レックス
別名 ティラノザウルス・レックス
出身地 イングランドの旗 イングランド ロンドン
ジャンル サイケ・フォーク
グラムロック
ハードロック
フォークロック
活動期間 1967年1977年
レーベル ワーナー・ブラザース・レコード
Relativity
Chronicles
ポリグラム
メンバー マーク・ボラン
ディノ・ダインズ
ミラー・アンダースン
ハービー・フラワーズ
トニー・ニューマン
旧メンバー スティーヴ・トゥック
ミッキー・フィン
スティーヴ・カーリー
ビル・レジェンド
ポール・フェントン
ジャック・グリーン
デイヴィー・ラットン
グロリア・ジョーンズ

T・レックス (T. Rex) は、イギリスグラムロックバンド

略歴[編集]

1947年に生まれたマーク・ボランがリーダー。1970年代前半にグラムロックと呼ばれるムーブメントを巻き起こす。デヴィッド・ボウイロキシー・ミュージックモット・ザ・フープルなどとともに、グラムロックを代表するアーティストである。その音楽は、T・レクスタシーと呼ばれることもあった。

1968年にデビューした頃はアコースティック・ギターとヴォーカルのマーク・ボラン、パーカッションのスティーヴ・トゥックの二人組で、ティラノザウルス・レックスTyrannosaurus Rex)と名乗り、フォークロック・グループとして一部でカルト的な人気を誇った。デビューアルバム『ティラノザウルス・レックス登場!!』をリリースし全英15位を記録。その後、新しいパートナーにミッキー・フィンを迎え、エレクトリック・ギターを導入したのは1970年だった。

1970年12月に「T.Rex」とバンド名を短縮、「ライド・ア・ホワイト・スワン」(全英2位)の大ヒットでスターダムに。71年にベースのスティーヴ・カーリーとドラムのビル・レジェンドが加わり、4人組のバンドになって初めてのアルバム『電気の武者』がUKチャート1位の大ヒット。「(バング・ア・ゴング)ゲット・イット・オン[1](全英1位・全米10位)「ジープスター」(全英2位)といった人気シングルも生まれ、グラムロック・グループとして一斉を風靡。第2のビートルズと言われた。また、デビュー当初からのプロデューサーであり、ストリングスを大胆に用いた独特のサウンドを構築したトニー・ヴィスコンティも、彼らの成功に伴って名声を得る。

1972年に『ザ・スライダー』(全英4位・全米17位)、1973年には『タンクス』(全英4位)と次々にヒットアルバムを出す。さらにシングル「メタル・グゥルー」(全英1位)「チルドレン・オブ・ザ・レボリューション」(全英2位)、「イージー・アクション」など、数多くの大ヒットを連発していった。日本でも武道館公演を行なうほどの人気で、1973年にリリースされたシングル、「20センチュリー・ボーイ」(全英3位)は当時の日本盤の発売元、東芝EMIのスタジオでレコーディングされた[2]。さらに「ザ・グルーバー」「トラック・オン」「ライト・オブ・ラブ」「ティーンエイジ・ドリーム」もヒットした。しかし、アメリカでヒットしたのは「ゲット・イット・オン」1曲だけで、大きな成功をおさめることができなかった。

1975年に入るとグラムロックブームが終わり、急速に人気はしぼんでいった。人気急落後のマーク・ボランは、自身の麻薬中毒ともあいまって、危機的な状況を迎える。この時期の楽曲はブラック・ミュージック色を取り入れたもので、現在ではそれなりに評価されているが、不摂生の祟ったマークは太ってしまい、ビジュアル面でも精彩を欠いた。だがやがて、息子の誕生などを機に、生活を改め、バンド・メンバーも一新、ソウル・ミュージックにも興味を示して再起を目指していた。

黒人女性シンガーのグロリア・ジョーンズとは、1969年に最初に出会い、1972年に再会し、恋愛関係になっていた。マークが恋人だったジューン・チャイルドと1970年に既に結婚していたために、グロリアとは婚姻届なしの事実婚となった。1975年に二人の間には男の子も誕生した(ロラン・ボラン:Rolan Bolan)。しかし、1977年にグロリア・ジョーンズが運転する車が街路樹に激突し、同乗していた彼は29歳で死去した。生前、「30歳まで生きられないだろう」と言っており、偶然だが30歳の誕生日の2週間前に死去した。

バンド名がT.Rexとなってからは、殆どマークのソロプロジェクト状態だったが、後年はそれがより鮮明になっていた(アルバム『ズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダー』などはマーク・ボラン&T.Rex名義でリリースされている)。そのため、彼の死でT.Rexは活動を休止した。 その後1981年にスティーブ・カーリー、2003年にはミッキー・ フィンがこの世を去っており、全盛期のメンバーではドラムの ビル・レジェンドのみが存命である。

Mickey Finn's T. Rex[編集]

マークの死後20年経った1997年、T.Rex に最も長く在籍したメンバーであったミッキー・フィンと、末期のT.Rexに関わったセッション・ドラマーのポール・フェントンが中心となって、「Mickey Finn's T. Rex」名義で活動を始めた。その後、2003年にフィンがアルコール性の肝臓病で死去すると、残されたメンバーは、名前をT.Rexに変更して活動を続けた。しかし、2008年にT.Rexファンから抗議を受けて、名義を「Mickey Finn's T. Rex」に戻した。現在の名義はフィン家と、T.Rexの法的権利を管理する団体TAGの承認を受けている。

メンバー[編集]

ギターヴォーカル (1967-1977)
パーカッション、ヴォーカル (1967-1969)
パーカッション (1969-1974)
ベース (1970-1976)
ドラムス (1971-1973)
  • ポール・フェントン
ドラムス (1973-1975)
ギター (1973)
キーボード (1973-1977)
  • デイヴィー・ラットン
ドラムス (1973-1976)
キーボード、ヴォーカル (1973-1976)
ギター、ヴォーカル (1976-1977)
ベース (1976-1977)
ドラムス (1976-1977)

メンバー変遷[編集]

日本公演[編集]

ディスコグラフィ[編集]

ティラノザウルス・レックス[編集]

T・レックス[編集]

  • 『T・レックス』 - T.Rex(1970年)
  • 電気の武者』 - Electric Warrior1971年
  • 『ボラン・ブギー』 - Bolan Boogie1972年、ベスト盤)
  • 『ザ・スライダー』 - The Slider(1972年)
  • 『タンクス』 - Tanx1973年
  • 『ズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダー』 - Zinc Alloy And The Hidden Riders Of Tomorrow Or A Creamed Cage In August1974年
  • 『ブギーのアイドル』 - Bolan's Zip Gun1975年
  • 『銀河系よりの使者』 - Futuristic Dragon1976年
  • 『地下世界のダンディ』 - Dandy In The Underworld1977年

T・レックス その他[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ http://www.allmusic.com/.../bang-a-gong-get-it-on-mw00020...
  2. ^ 日本では2006年頃からテレビ番組や映画のテーマソングやで頻繁に使われるようになった。テレビ番組では「メッセ弾(番宣・エンディング)」(テレビ大阪)」、「オリキュン(オープニング)」、「めちゃ×2イケてるッ!(BGM挿入曲)」(以上フジテレビ)、「カープ応援中継“勝ちグセ。”(オープニング・ハイライト)」(広島ホームテレビ)、映画では『20世紀少年(実写版)』(原作・浦沢直樹、そもそも同曲が名の由来)といった多くの作品のテーマソングやBGMとして使用されている。