TBS放送センター

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動
TBS放送センター

TBS放送センター

TBS放送センターの位置(東京都区部内)
TBS放送センター
情報
用途 オフィス、スタジオ
設計者 日本設計
施工 大林組鹿島建設大成建設[1]
建築主 TBSホールディングス
構造形式 SRC造(B2F-1F)、S造(2F以上)
敷地面積 20,219 m²
建築面積 11,005 m²
延床面積 113,987 m²
階数 地上20階、地下2階
高さ 95m
竣工 1994年4月
所在地 107-0052
日本の旗 日本 東京都港区赤坂5丁目3−6
座標 北緯35度40分18.35秒 東経139度44分4.09秒 / 北緯35.6717639度 東経139.7344694度 / 35.6717639; 139.7344694 (TBS放送センター)座標: 北緯35度40分18.35秒 東経139度44分4.09秒 / 北緯35.6717639度 東経139.7344694度 / 35.6717639; 139.7344694 (TBS放送センター)
テンプレートを表示

TBS放送センター(ティービーエスほうそうセンター)は、東京都港区赤坂にあるビル。所有者はTBSホールディングスTBSテレビTBSラジオの本社オフィス及びスタジオを有する。建物の延床面積は、在京キー局の社屋のなかでは、FCGビル日本テレビタワーに次ぎ、3番目の広さである。

概要[編集]

1984年1月、TBSの山西由之社長(当時)が「放送センター建設」の意思を表明した[2]。ほかの在京キー局と比べ、TBSは社有地が比較的に広大なため(戦前期は近衛第3歩兵連隊の司令部)、別館ビルとゴルフスタジオを取り壊すことで移転せずに新社屋を建設することが可能だった。1985年、放送センター特別委員会が報告書を提出した。その内容は、TBSの赤坂に社有地と払下げを求める国有地を合わせた66,729㎡の土地に、延べ床面積66,759㎡の放送センターを建設する。放送センターにラジオスタジオ八つ、テレビスタジオ五つを設置、TBSの全機能を集約する[3]

1990年5月14日、TBSが新社屋建設計画を正式に公表した。建設計画も修正され、ラジオスタジオが八つ、テレビスタジオが六つ(うち報道スタジオとパノラマスタジオ一つずつ)になった。スタジオは主に低層部と中層部に設置する[4]。工事の総工費は1,200億円、うち500億円は社債で賄う[5]

1991年5月21日、TBSが起工式を行い、放送センターの工事を開始した。その後、1994年4月25日に竣工式を行い、2年11か月を費した放送センターの工事を完成した。竣工式の翌日から局舎の移転作業がはじまり、主に土日を利用して作業した[6]。1994年10月3日早朝、TBSのテレビとラジオの送出が新放送センターに切り替えられた。新放送センターから最初に放送したテレビ番組は、5時25分からの5分間特別番組「ニューTBS 輝き!のスタート」[7]、ラジオ番組は5時からの「起き抜け一番!榎さんのニュース&ミュージック」。

放送センターの竣工後、アメリカCBS、ドイツZDF、ロシアRTR、韓国YTNの東京支局もTBS放送センターに設置した[8]

建築構造[編集]

放送センターの高層部分は前面にあり、中層と低層部分は後方にある。地下部分に非常用発電設備、冷暖房設備、駐車場を設置している。1994年の稼働開始時点では、1階から4階までは主にテレビスタジオ(A、B、C、D、E、F、N)のスペースになっている。最も広いA・Bスタジオに160㎡の共通スペースがあり、一つのスタジオとして運用することも可能である。5階から7階までは主に事務スペースとして使用される。8階と9階にラジオスタジオを設置している。10階以上の部分は、主に事務室、社員の福利厚生施設(社食、診療所など)、およびTBSの関係会社が使用している[9]。なお、20階は役員スペースとなっている。

その後、8階にあったラジオ第1スタジオは2018年に改修され、「テレビGスタジオ」としてラジオに加えテレビ番組などにも対応したマルチユース型のスタジオに用途変更されている。

かつてはTBSと関係の深い東京エレクトロンの本社も入居していたが、2008年に隣接地に赤坂Bizタワーが竣工したことに伴いそちらに移転している。

愛称[編集]

TBSは放送センターの愛称を一般公募した。19,540通の応募があり、社内委員会の選考と社員100人の投票で「ビッグハット」が選ばれた。この案は3人からの応募があり、抽選で千葉県松戸市在住の主婦が受賞し、100万円の賞金が贈られた。「ビッグハット」のネーミングは、屋上のパラボラデッキから由来している[10]。このパラボラデッキに無線送受信設備を設置しているほか、ヘリポートにもなっており、夜になるとライトアップされ、照明の色が翌日の天気予報になっている(晴れはオレンジ、曇りは白、雨は青)。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 『TBS50年史』株式会社東京放送、株式会社東京放送、2002年1月。

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ TBS放送センター
  2. ^ 『TBS50年史』p575
  3. ^ 『TBS50年史』p495
  4. ^ 『TBS50年史』p495
  5. ^ 『TBS50年史』p541
  6. ^ 『TBS50年史』p576
  7. ^ 『TBS50年史』p577
  8. ^ 『TBS50年史』p555
  9. ^ 『TBS50年史』p578
  10. ^ 『TBS50年史』p577