TM NETWORK

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TM NETWORK
別名
  • TMN
  • Takashi Utsunomiya/Tetsuya Komuro/Naoto Kine[1]
出身地 日本の旗 日本 東京都多摩地域
ジャンル
活動期間
レーベル
公式サイト TM NETWORK Official
メンバー

TM NETWORK(ティーエム・ネットワーク)は、小室哲哉シンセサイザーキーボード)、宇都宮隆ボーカル)、木根尚登ギター・キーボード)の3人で構成される日本音楽ユニットである。

概要[編集]

1984年4月21日にデビュー。1987年2月26日リリースの4枚目のオリジナルアルバム「Self Control」で初のオリコンアルバムチャートベストテン入りを果たす。同年4月8日リリースの10枚目のシングル「Get Wild」で初のオリコンシングルチャートベストテン入りを果たす。同年7月1日発売のベストアルバム「Gift for Fanks」で初のオリコンチャート1位を獲得。1990年、名義を「TMN(ティーエムエヌ)」にリニューアル。その後、デビュー10周年となる1994年4月21日に「プロジェクト終了」宣言、同年5月18日・19日のライブ『TMN 4001 DAYS GROOVE』をもって終了1999年には再びTM NETWORKとして再始動。2020年3月現在の所属レコード会社はavex trax。現時点でのシングル、アルバムの売上総数は公称1,600万枚を突破している(LP、カセット含む)。

解説[編集]

TM NETWORKは小室をリーダーとする3人組の音楽ユニット[13]ロックユニット[14]デジタルバンド[15]。 2002年のJASRACによる小室インタビュー[16]ではロックバンドの意識だったがダンスミュージックにシフトしていった、また2015年の木根による著作[17]ではDRESS2レコーディング時にシンセサイザーバンドだと再確認したと述べられている。

略称はTM、TMN。TMN名義で活動していた時期はTMとは略されず、そのままTMNと呼称されることが多かった。なおTM NETWORK名義の楽曲も一部のメディアやファンからはT.M.RevolutionTMGとの区別のためTMNと呼称されることもある。

作詞シンガーソングライター小説家小室みつ子[18](初期は「西門加里」のペンネーム)によるものが多い。松井五郎麻生香太郎(SEYMOUR)、三浦徳子川村真澄神沢礼江などといった作詞家の他、TMN期は脚本家の坂元裕二も詞を提供している。作曲編曲のほとんどは小室と木根が担当している。1980年代末より楽曲制作にシンクラヴィア(Synclavier 6400)を導入しハードディスクレコーディングを取り入れている[4]

デビュー当初のコンセプトは「ライブはしない、その代わりPVにはテレビCM界の大御所を起用する」というものだったが、正確には「ライブをしない」ではなく「小室の要求を満たすテクノサウンドを制作できる機材が高価過ぎて手が届かなくて、ライブができなかった」と言うのが正しい。それに気付かされたのが「DEBUT CONCERT」開催時の音色の薄さであり、その後すかさず「ライブをしない」というフェイクのコンセプトを打ち立てた[19]。そのような試行錯誤を続けていく内に、「アルバム毎」あるいは「何年かの周期」という小室の音楽的な志向や興味をその時の活動のテーマにして、それを宇都宮・木根が理解し3人が意思統一して、「その時代でやりたいことを徹底してやる」[20]「洋楽と邦楽の間にある溝は何なのかを常に話し合い、その上で洋楽への入り口になって、代理人として道案内をする」[21]ことをTMの活動の基本コンセプトとし、その方針は小室のTM以外での活動でも活用されることとなった[22]

全ての演奏をメンバー内で完結させる形のロックバンドではなく、個々のキャラクターと役割の分担を重視した音楽ユニットとして組まれた。小室はそれをフォーミュラ1のエンジン・ボディの開発チーム、ドライバー、整備班、スポンサーをひっくるめたプロジェクトチーム・あるいはコーポレートアイデンティティに例え、それらのチームワークをTMに流用している。バンドではないことを逆手にとって、「3人が経営する企業」に置き換え、企業理念の要領でデザイン要素(ロゴマーク・コンセプト名等の変更・統一)を計画的にコントロールし、活動の活性化を促しつつアピールし、メンバーの変化と成長をアイディアで見せることで迫力と緊張感をファンに楽しんでもらう活動をビジネスレベル・プロジェクト単位で自覚的に行った[23][24]。少なくとも「小室がスタジオで機材を遊び感覚で動かしながら新しい制作方法を開発し、木根がバラードを作り、宇都宮が歌に専念する」という制作システムは1979年に前身たるバンド「SPEEDWAY」でセッションした時から変わっていない[25]

活動を考える際、主に木根と2人で「3人は何ができて、何ができないか」「デモテープはどう作るか」を時間をかけて話し合う[26]。小室は「デモテープを作っているときにあまりにマニアックで過激な方向へ走っていったときに、木根はすごく大衆的な耳を持っているから、彼に聞かせると『この方向性でいいか悪いか』が分かる」と語り、木根は「あんまり意識はしてないけど、口で言わなくてもやっぱり顔に出るのかな。TMの楽曲の第一番のリトマス試験紙」と話している[27]。そのシステマティックな制作姿勢は小室は2人との関係性を自分自身も評する上で「3人の間での意見の食い違いなんて、『リードシングルはどれにしよう』『セットリストはどうしよう』とかその程度」[27]「ヴィジュアル面・音楽面・コンテスト等のプレゼン・デモテープの作り方等での『自分の思い付きを実現する』という苦しい作業に、軽く乗ってくれて対応できる順応性・柔軟性・癖を持っている」[28][26]「3人とも個別で『自分は何をやればいいのか』を、独自に一定の距離を保ちながら考えていた」「『1人だけ売れると嫉妬心を持つ』というケースが全然なかった」[29]「3人で揉め事や喧嘩をしたことや不平不満を言ったことは一度もないですね。プライベートでも仲がいい」[30]と答えている。

ライブはどのような演出・構成・プレイリストなのかは読めないように仕込み、幕が開いて初めて分かるように演出した。天井からスピーカーをぶら下げる形のサラウンドシステムを導入したり、ムービングライト等様々な最新のテクノロジーを取り込んだ。木根は「サポートメンバーもTMの正式メンバー」という精神で、気持ちよく集団制作ができるロックバンドとしての環境作りに気を回した[24][31]。基本は「音楽・照明・舞台構成・パフォーマンスが一体となって融合している」ことを目標にし、観客が場内に入ってから、ライブが終わって場外へ出る間の余韻まで綿密に計算している。それ故にアンコールは一度も行わず、強いていえばカーテンコールで一礼して観客に答えるだけだったが[32]、「TM NETWORK FANKS CRY-MAX」以降は時折アンコールを取り入れるようになった[33]

YMOのようなフュージョン寄りのインストではなく、切れのいい歌を入れた[34]デジタルシンセサイザーサンプラーを中心としたスタイリッシュなポップスの在り方を明確に提示し、1980年代末から1990年代初めの日本国内に一大旋風を巻き起こした。その音楽性は、デビュー直後のB'zaccess1990年代以降のJ-POPアニメソングにも非常に大きな影響を与えている。ロックを基盤とした独特の緊張感を持つ作風から、同時期に活動していたBOØWYとよく比較される[24]

デビュー30周年を迎えた2014年は、新曲発表・2度の全国ツアー・7年ぶりのオリジナルアルバム・アリーナ公演・大型フェス出演など、精力的に活動した。また、2012〜2015年に行われた30周年関連の一連のライブでは、シアトリカル(演劇的)なライブ演出を強めたため80年代同様にMCやアンコールはほぼ行わなかった[35]。2013年より従来のハードウェア・シンセサイザーに加え新たにソフトウェア・シンセサイザーも導入[10]、2014年秋ツアー以降はプロジェクターから透過スクリーンにソフトシンセの画面を投影する機材を用い視覚的にも最新の近未来感を演出している[36][37][38]

デジタルシンセサイザーサンプラーシークエンサーコンピューターデジタルオーディオワークステーション(DAW)を活用した同期演奏の第一人者[2]であるが、アナログシンセサイザーを多用したRHYTHM REDツアーやハモンドオルガンなどを用いたチャリティーイベントAAA'93での演奏、グランドピアノを用いた1994年終了コンサートのアンコール[39]、LIVE TOUR Major Turn-Roundでのメロトロンを用いた演奏[40]や2020年年末イベントのアコースティックよりな「TIMEMACHINE」等の演奏[41]など、同期を使わないこともある。

略歴[編集]

1984年、デビューアルバム『RAINBOW RAINBOW』は、デビュー前にEPIC・ソニーに持ち込んだデモテープからの曲がほとんどで、1985年の2ndアルバム『CHILDHOOD'S END』、ミニアルバム『TWINKLE NIGHT』までは当時洋楽の主流とされたニューロマンティックの影響が色濃くみられた。1986年の3rdアルバム『GORILLA』で、FUNK(ファンク)、PUNK(パンク・ロック)、FANS(ファン)の要素を組み合わせた「FANKS」という造語を全面に打ち出し、楽曲スタイルに変化を出したが、ヒットには繋がらなかった。1987年の4thアルバム『Self Control』の頃には全国ネットの音楽番組に出演するようにもなったがヒットと呼べるには遠く、そうした危機感の中で誕生したのが同年のシングル「Get Wild」だった。この曲のヒットによりTM NETWORKの方向性が定まって、自信を得た中で5thアルバム『humansystem』を発表した。1988年の6thアルバム『CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜』ではブリティッシュロック色を全面に打ち出したコンセプチュアルアルバムとして小説やアニメなどのメディア展開もされ、アコースティック志向なアルバムとなった[42]。年末には「COME ON EVERYBODY」で『第39回NHK紅白歌合戦』に出演。1989年のリプロダクションアルバム『DRESS』では当時海外で活躍していたナイル・ロジャースたちをサウンドプロデューサーに迎え、ユーロビート、ファンクなどのダンスミュージックをリミックスという形で発表した。

1990年、「TMN」とリニューアル。7thアルバム『RHYTHM RED』ではハードロック路線を全面に打ち出した[43]1991年の8thアルバム『EXPO』ではテーマを「月とピアノ」と題して、ハウスミュージックを主体としつつもフォークソングハードロックなど様々な音楽性を取り入れたものとなった。1994年、5月18日・19日の東京ドーム公演『TMN 4001 DAYS GROOVE』をもってTMNプロジェクト終了」。以降は小室、宇都宮、木根のそれぞれのソロ活動が中心となる。小室はプロデュース活動が本格化。

1999年TM NETWORKとして再始動。2000年にインディーズよりリリースした9thアルバム『Major Turn-Round』は1970年代プログレを意識しアナログシンセを中心とした音構成となっている。2004年の10thアルバム『NETWORKTM -Easy Listening-』では一転、トランス要素が非常に強く、収録曲は過去のリメイク曲が多数を占めている。2007年には3人が在籍していたバンド名を冠した11thアルバム『SPEEDWAY』が発売された。2008年11月4日に小室が詐欺容疑で逮捕2009年5月25日に懲役3年・執行猶予5年の有罪判決が確定。宇都宮は「彼とともに音楽を作り、笑い、悩み、楽しんできた僕らの歴史は変わりません」[44]、木根は「僕は、彼がゼロから立ち直る力も持っていると思います。TM NETWORKの復活もあると信じています」[45]とコメントしている。

2012年、3月20日に幕張メッセで行われた東日本大震災復興支援チャリティコンサート『All That LOVE -give & give-』に、プリンセス・プリンセス米米CLUBと共に声がかかり、約4年ぶりに3人で活動を再開した。小室はJFN系の自身のラジオ番組『RADIO SESSIONS 小室哲哉 Digitalian』でこれをきっかけに単独でライブをやると思うとコメント、果たして4月24日・25日に日本武道館コンサートが行われ、シングル「I am」が発売された。2013年7月20日・21日、さいたまスーパーアリーナ公演を開催。2014年4月21日、デビュー30周年を迎え、翌日にはシングル「LOUD」、EDMサウンドでドレスアップしたセルフリプロダクトアルバム『DRESS2』を同時リリース。ホールツアー開催。10月29日、7年ぶりとなるオリジナル12thアルバム『QUIT30』をリリース、ホールツアー及びアリーナツアーを敢行、大型フェス『COUNTDOWN JAPAN 14/15』初出演。2015年3月22日、2012年から続いた一連のライブの締めくくりとなるアリーナ公演最終日をもって充電期間に入る事が報道された[46]2017年、代表曲『Get Wild』30周年記念アルバム『GET WILD SONG MAFIA』がギネス世界記録に認定される。2018年、小室が引退会見。

2020年、小室が復帰。12月東海ラジオに3人で出演、年末の宇都宮・木根によるライブ終盤に小室も加わり演奏が行われ、5年ぶりの活動となった。

来歴[編集]

1983年
  • 新たな音楽を模索していた小室哲哉が木根尚登にバンドではなくユニットという形で音楽活動をすることを打診。SPEEDWAYはそのまま休眠状態となる。元々はオーストラリアの外国人ボーカリストをボーカルに据える考えであったが、ビザの期限切れで国外退去となったため、別バンドで活動していた宇都宮隆を引き抜く形で結成。
  • 5月 ユニット名を「TM NETWORK」と命名する。
  • 8月『フレッシュサウンズコンテスト』で「1974」を演奏し、満点の評価を得てグランプリに輝く。
  • 9月10日 EPIC・ソニーと正式契約。
1984年
1985年
1986年
1987年
1988年
1989年
  • 4月2日4月3日『SF Rock Station FINAL EVENT「Thank You TM NETWORK」』を合歓の郷で開催。
  • 5月12日 リプロダクトアルバム『DRESS』リリース。
  • 8月25日 ライブツアー『TM NETWORK CAROL TOUR FINAL CAMP FANKS!! '89』スタート(8月30日まで、2都市4公演)。
  • 8月30日『クローズド・サーキット・コンサート』開催。ライブ『TM NETWORK CAROL TOUR FINAL CAMP FANKS!! '89』の最終公演を全国10箇所で衛星生中継した。
  • 9月1日 TM NETWORKとしての活動を一旦休止。各々ソロ活動を開始する。
  • 12月29日 ファンイベント『FANKS THE PARTY』を東京ベイNKホールで開催。
1990年
1991年
1992年
1993年
1994年
1996年
1997年
1999年
2000年
2001年
2002年
  • この年以降、R and Cに移籍し、前年より発足し、GABALLが在籍していたレーベル「gaball screen」に所属する。
  • 10月1日『LAUGH & PEACE PREMIUM NIGHT』開催。
  • 10月30日 35thシングル「CASTLE IN THE CLOUDS」リリース。
2003年
2004年
2005年
2007年
2008年
2009年
2012年
2013年
2014年
2015年
  • 1月17日 コンサートムービー『TM NETWORK THE MOVIE 1984〜 30th ANNIVERSARY』が全国映画館で期間限定公開。
  • 2月7日8日 アリーナ公演『TM NETWORK 30th 1984〜 QUIT30 HUGE DATA』がさいたまスーパーアリーナで開催。
  • 2月14日15日 アリーナ公演『TM NETWORK 30th 1984〜 QUIT30 HUGE DATA』が神戸ワールド記念ホールで開催。
  • 2月15日 23:00よりNHK BSプレミアムにて『名盤ドキュメント MASTER TAPE「CAROL」TM NETWORK』が放送[56]
  • 3月21日22日 アリーナ公演『TM NETWORK 30th FINAL』が横浜アリーナで開催、会場限定CD「Get Wild 2015 -HUGE DATA-」発売。
  • 4月17日 ニッポン放送「オールナイトニッポン」出演[57]
  • 7月22日 さいたまスーパーアリーナ公演『TM NETWORK 30th 1984〜 QUIT30 HUGE DATA』がBlu-rayとDVDで発売。秋から行われたツアー「TM NETWORK 30th 1984~ QUIT30」は本作Blu-ray初回限定盤にのみ収録[58]
  • 11月25日 横浜アリーナ公演『TM NETWORK 30th FINAL』がBlu-rayとDVDで発売。Blu-ray初回限定盤のみオールナイトニッポン収録[59]
2016年
  • 3月23日 7枚組 Blu-ray BOX『TM NETWORK 2012-2015』発売[60]。ドキュメンタリー「beyond the fact」、ライブ映像「COUNTDOWN JAPAN 14/15」は本作にのみ収録。
2017年
2018年
2019年
  • 4月21日 デビュー35周年記念祭として1994年5月18日と5月19日に東京ドームで行われたTMN終了ライブを5.1ch HDリマスタリングした『TMN final live LAST GROOVE 1994』が全国14都市24か所の映画館にて1日限定上映[63]
  • 5月22日 10枚組 Blu-ray BOX 『TM NETWORK THE VIDEOS 1984-1994』発売[64]。「DRAGON THE FESTIVAL TOUR featuring TM NETWORK 1985.10.31」「T-MUE-NEEDS STARCAMP TOKYO 1988.08.25」は本作にのみ収録。また単品でも再発された「TMN final live LAST GROOVE 5.19」には同日の「Get Wild '89」が編集され初収録。
  • 9月22日 宇都宮隆がソロとしては初となる全編TM曲のみを歌うツアー『Takashi Utsunomiya Tour 2019 Dragon The Carnival』を開催。(翌年2月7日まで、8会場14公演)[65]
  • 12月4日に「BEYOND THE TIME(メビウスの宇宙を越えて)」と12月8日に「SEVEN DAYS WAR」が7インチアナログレコードで再リリース。
2020年
  • 3月18日 ファン投票によるベスト・アルバム『Gift from Fanks T』および『Gift from Fanks M』をリリース、1st albumのアウトテイク「グリニッジの光を離れて」が初収録。
  • 4月21日 木根と小室のコメントも収録された『Takashi Utsunomiya Tour 2019 Dragon The Carnival』がBlu-rayで発売。
  • 9月14日 『tribute LIVE SPIN OFF from TM 2020 T-Mue-needs』開催(12月2日まで11会場16公演)、小室は不参加。
  • 12月18日 19時00分~21時00分 東海ラジオで特別番組 『TM NETWORK SF Rock Station 2020』を放送、5年ぶりに3人でのラジオ出演となった[66]
  • 12月29日 LINE CUBE SHIBUYAにて開催された 宇都宮隆・木根尚登『年忘れ!!歌酔曲vsフォーク 〜ハタシテ?ドチラが勝つでショー〜』公演終盤、小室哲哉が特別審査委員長として登壇。出演者全員で「TIMEMACHINE」と「あの素晴しい愛をもう一度」を披露[41]

メンバー[編集]

1984年のデビュー以降、正規メンバーの変更は一切行われていない。

名前 生年月日 出身地 血液型 身長 担当 役割
小室哲哉
(こむろ てつや)
(1958-11-27) 1958年11月27日(62歳) 東京都 O型 167cm シンセサイザーキーボードピアノハモンドオルガンシンセベースDAWシンクラヴィアコーラスドラムス 作詞作曲編曲リーダープロデュース
宇都宮隆
(うつのみや たかし)
(1957-10-25) 1957年10月25日(63歳) 熊本県 O型 178cm ボーカルコーラスギターベース 作詞、作曲
木根尚登
(きね なおと)
(1957-09-26) 1957年9月26日(63歳) 東京都 B型 174cm エレクトリックギター、アコースティックギター、ベース、ピアノ、キーボード、ハーモニカ、コーラス 作詞、作曲、編曲

歴代サポートメンバー[編集]

(※は「SPIN OFF from TM」のメンバーとしても参加)

ギター
北島健二FENCE OF DEFENSE, 1984年 - )
1stアルバム『RAINBOW RAINBOW』のレコーディングセッションより参加。ライブへのサポート参加は1994年の『TMN 4001 DAYS GROOVE』が最初であるが、以降は頻繁に参加している。
松本孝弘B'z, 1985年 - 1989年)
北島の紹介を受けて『DRAGON THE FESTIVAL TOUR featuring TM NETWORK』より参加。B'z結成直後の『TM NETWORK CAROL TOUR FINAL CAMP FANKS!! '89』まで、レコーディング・ライブ共に参加をし続けた。
葛城哲哉(1990年 - )※
7thアルバム『RHYTHM RED』のレコーディングセッションより参加。リニューアル期から現在までの長きに渡って参加を続けている。
木村建
2000年の『TM NETWORK Log-on to 21st Century』に参加。
鈴木俊彦 (Purple Days)
2012年の『TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-』にのみ参加。
松尾和博(ザ・トロフィーズ、2013年 - )
『TM NETWORK FINAL MISSION - START investigation -』より参加。以降レコーディングにも頻繁に参加している。小室のプロデュース作品には90年代から現在に至るまで数多く参加。また木根のソロ作品にも参加している。
ベース
住吉中
1984年の『DEBUT CONCERT』に参加。
西村麻聡(FENCE OF DEFENSE, 1985年 - 1986年)
『DRAGON THE FESTIVAL TOUR featuring TM NETWORK』より参加。FENCE OF DEFENSE結成に伴ってサポートを離れたが、それ以降もライブにゲストとして参加することが多い。
日詰昭一郎(1987年 - 1988年)
『TM NETWORK TOUR '87 FANKS! BANG THE GONG』より参加。サポート参加の他にも、メンバー3人と共にユニット「ハンバーグ&カニクリームコロッケ」を結成している(後述)。
春山信吾
2001年の『TM NETWORK TOUR MAJOR TURN-ROUND』に参加。
吉田建
2007年の『TM NETWORK -REMASTER-』に参加。
ドラムス
山田亘(FENCE OF DEFENSE, 1985年 - 1988年)
2ndアルバム『CHILDHOOD'S END』のレコーディングセッションより参加。
ライブは『DRAGON THE FESTIVAL TOUR featuring TM NETWORK』より参加。
阿部薫(1983年 - )※
メジャーデビューのきっかけとなった『フレッシュサウンズコンテスト』にドラマーとして参加するなど、サポートメンバー中では一番の古株である。ツアーへの参加は1988年の『TM NETWORK TOUR '88〜'89 CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜』が初。
そうる透(2007年 - 2008年)
『TM NETWORK -REMASTER-』『TM NETWORK PLAY SPEEDWAY and TK HITS !!』に参加。
Ruy(Avaivartika, 2012年 - )
『TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-』より参加。バンド活動の他にmiwaやKAT-TUNなど多くのアーティストのサポートドラマーとして活躍している。
キーボード
白田朗(1985年 - 1986年)
『DRAGON THE FESTIVAL TOUR featuring TM NETWORK』より参加。
浅倉大介access, 1987年 - 1992年、2004年)※
『Kiss Japan TM NETWORK Tour '87〜'88』からマニピュレーターとして参加し、『RHYTHM RED TMN TOUR』以降はサポートとしてシンセベースなどを担当。また2004年のTM NETWORK DOUBLE-DECADE TOUR FINAL “NETWORK” in NIPPON BUDOKANにもTMNパートに参加した。
吉村龍太
2000年の『TM NETWORK Log-on to 21st Century』に参加。
マニピュレーター
小泉洋(1984年 - 1985年)
『ELECTRIC PROPHET』より参加。
久保こーじ(1985年 - 1994年)
2ndアルバム『CHILDHOOD'S END』のレコーディングセッションより参加。解散以降も小室の「右腕」として活動を共にしていた。

サポートメンバーとのコラボレーション[編集]

1988年にはラジオ『小室哲哉のSF Rock Station』(東海ラジオ放送)内の企画ユニットとして、TMの3人+日詰昭一郎の4人で「ハンバーグ&カニクリームコロッケ」を結成、インディーズでシングル「神社でB/恋のながら族」を限定リリースした(編成は、ボーカル:日詰、ギター:小室、ベース:木根、ドラムス:宇都宮。B面には松本孝弘も参加)。バンド名の由来は当時小室がお気に入りだったファミリーレストランのメニューから。レコードの価格は東海ラジオの周波数に合わせて1,332円だった。

1993年には、チャリティーイベント『Act Against AIDS '93』で、葛城哲哉(G)、北島健二(G)、久保こーじ(Key)、鮫島秀樹(B)、橋本章司(Dr.)と演奏。

また、2003年2005年2007年2020年の4回に渡って、宇都宮と木根、浅倉大介、阿部薫、葛城哲哉の5名で「TM tribute LIVE」/「SPIN OFF from TM」ツアーが行われた。「TM NETWORKのライブではあまり演奏しない曲もセレクション」「オリジナルアレンジを基本に演奏する」がコンセプトで小室公認で行われている。このツアーを始めるにあたり小室は自分の代役として浅倉大介を指名している。2020年の浅倉不参加回にSOPHIA都啓一が参加、追加公演には両名とも参加し、最終日のアンコールではShinnosukenishi-kenも参加した。

2020年年末には宇都宮・木根によるイベント『年忘れ!!歌酔曲vsフォーク 〜ハタシテ?ドチラが勝つでショー〜』終盤に小室も参加して、出演者の野村義男(Ba)、松尾和博(Gt[67])、nishi-ken(Key)、山本英美(Gt)、中村修司(Gt)と演奏した[41]

ユニット名[編集]

ユニット名の「TM」はメンバーが住んでいたと同時に、音楽活動を始めたホームタウンともいえる東京都多摩地域の「多摩」(TaMa) がその由来である。小室がシカゴのように地域名を入れたいとこだわったためだったが、ユニット名の由来があまりパッとしないという理由でレコード会社・事務所からユニット名の再検討が行われ(2016年12月26日放送のTakanori Music Reovlution内にて小室哲哉が「TAMA NETWORKで行こうとしたが、(ソニーレコードの)坂西伊作氏により拒否された」と明かしている)、「メロー・イエロー」「ピーカーブー」「スロー・ダンサー」「ジェニファー・ジェニファー」などの案が出るなどした。最終的にユニット名は「TM NETWORK」に、「TM」は公式には「タイムマシン (Time Machine) の略」ということになり、数々のCM(カセットテープのCMなど)やアルバムの企画、楽曲がこの公式設定に則って制作された。この本当の由来は1993年まで公にされなかった(木根が1993年4月25日〜11月7日まで東京都多摩地域で放送していたイベント放送局TAMAらいふ21FM、愛称:Egg Station」に出演した際に初めて明らかにし、自著『電気じかけの予言者たち』で明記。その後2006年9月6日放送の『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』でも語った)。「NETWORK」の部分に関しては木根の考案で、メン・アット・ワークの語呂からヒントを得たという。

なお、2015年4月8日オンエアー「TM NETWORKのオールナイトニッポン」内で「本当に多摩だったの?」という質問に小室は「ドラムのTAMAっていうメーカーあるじゃない。ああいうのもあるんだからいいんじゃないのって」と答えた。

ベスト・アルバム、企画アルバムの多さ[編集]

TM NETWORKのアルバムタイトルは、オリジナル・アルバム12枚に対して、それ以外のベスト・アルバム、リミックス盤、ライブ盤、そして未発表音源等を収録した、いわゆる「蔵出し」音源集などが倍以上ある。

これらのベスト・アルバムの発売時期はTM NETWORK (TMN) がメンバーそれぞれのソロ活動に入った時期である1989年と1992年以降に集中している。TMN活動終了の1994年以降もソニー・ミュージック企画のSTAR BOXやTHE LEGENDシリーズ、ソニー・ミュージック系列の再発専門レーベルのソニー・ミュージックダイレクトによるシングルベストなどソニー・ミュージック系列から定期的に発売されているため、活動が停滞していた時期や現在もベスト・アルバムは着々と増えつつある。

逸話[編集]

  • デビュー当初は小室と宇都宮の二人のみの露出を、とEPIC・ソニー側から要請されていた。その戦略のため「1974」のジャケットには木根は写っていない[68]
  • デビュー当時に小室は高校時代の同級生に「売れないからレコード買ってよ」と頼み込んだことがあった[69]
  • デビュー直後から、ヤマハとの付き合いが始まっている。切っ掛けは当時のマネージャーが飛び込み同然で1stアルバムと1stシングルのMVを持ってヤマハを訪れて、ヤマハ側が認めたことによる[70]
  • デビュー時から、イメージ戦略を徹底的に行った。特に「面白い」イメージを付けないために、雑誌に乗せる予定の写真は写っている表情まで隅までチェックし、「ナチュラル」「自然体」と評されそうな写真は極端なまでに避け、「笑顔」「コンサートの楽屋風景」は絶対に採用しなかった。雑誌・テレビに出てもしゃべるのは小室と宇都宮だけで元々プライベートでも面白い雰囲気を持つ木根はトークに参加できなかった。その内にFMラジオ出演・雑誌インタビューは小室中心、テレビ出演では宇都宮を目立たせ、AMラジオ出演は木根出演と徹底して役割を分担し、常にスタイリングされたトータルな世界観で表に出た[70][71]
  • 当初フォークシンガーを目指していた木根は、TM結成後はイメージ作りのため、フォークについて口にすることを禁じられたという[72]
  • ライブ後、すかいらーくを主とするファミリーレストランで打ち上げをする。これは小室の極端な偏食によるもので、いわゆる「居酒屋メニュー」を好まなかったため(魚介類が苦手、というのは、藤井徹貫の書籍などでも頻繁に語られている)。事前に貸し切り状態にしたり、地方などでは通常は貸し切りできないため、事前にイベンター、スタッフを全ての4人掛け席に1人ずつ前乗りさせ、2〜3時間近くコーヒーで粘って席を確保していた。ちなみに2001年の『TM NETWORK TOUR MAJOR TURN-ROUND』で小室が大阪、福岡、東京でのライブ後の打ち上げ計3回分の代金を支払った総額は、1人がファミレスなら10年間くらい食べ放題の金額であったという。
  • デビューしてまだブレイクする前、収入は少なかったがレコード会社から若干の衣装代が支給されていた。しかし常に高価な服を買い、かつ同じものを二度と着ないようにしていたことでお金が無くなり、以後人前に出るときの衣装は上下19800円(当時は破格)のものをディスカウントショップで購入していたこともあったという[73]
  • 小室はロンドンに渡る際、現地にて女性ボーカリストをスカウトしTM internationalという姉妹ユニットを結成・世界デビューさせる計画があったが、自分の無力さを痛感したこと・「キックハイハットがシンクロしていない。これでは踊れない」と現地のミュージシャンに忠告されたこと・スタジオワークの面白さを知ったことで白紙になった[73][74]
  • TMの作詞は代表曲の大部分を担当している小室みつ子は「主人公の資質はピュアだけど、ピュアになりきれない世界の中で生きる主人公」をテーマの主軸とし、小室は「純粋にファンタスティックで、SF・RPGゲームを思わせる世界観」を基本方針にしている[75]
  • 「TMN終了」以降は1年に2,3度しか会わないことも珍しくなくなったが、宇都宮の個人事務所エム・トレスの意向でTMの制作チームのスタッフが、安室・globeのコンサート制作チームとしてそのままスライドされたこともあり、久しぶりに会っても違和感・ブランクは全くなかった[76]小坂洋二は3人を「彼らが揃えたスタッフも、中学からの友達ばかりだった」「しんみりしそうになると、すぐに笑い飛ばす独特の世界」と話している[77]
  • 小室はTMNリニューアルの際、「本当はTM-Internet-workにしたかった」という。その時は「インターネットという言葉はまだこの時代には時期尚早すぎる」という自身の判断により没になった[78]が、後に『Major Turn-Round』プロジェクトのキーワードの一つとして使われることになった。
  • 再始動初のライブは香港にてT.M.Revolutionとのジョイントで行う予定だったが、諸事情で取りやめになり、代替公演として『TM NETWORK Log-on to 21st Century supported by ROJAM.COM』を横浜アリーナにて行った[79]
  • 小室は、TM(TMN) がレギュラー出演していたTBSのラジオ番組内で、個人が主催するパーティにメンバー3人で出演する仕事を10万円で請け負うと述べたことがある。
  • TBSラジオで俳優の岸谷五朗がメインパーソナリティを務めていた生放送『岸谷五朗の東京RADIO CLUB』の直後の番組内で、突発的に小室が、『(小規模の)イベントをやりたい』、『そのMCに岸谷はどうか』という趣旨の発言をしたため、スタッフの配慮からか既に帰宅途中であった岸谷がTBS社屋(TMNの番組の生放送ブース)まで呼び戻されたことがある。
  • 岸谷は上記の番組、または、その後発のラジオ番組 (TBS) 内にて『小室は夜中に急に中華料理が食べたくなり、ヘリコプターを手配して香港へ食べに行ったことがある』という趣旨の逸話を話しているが、これはフィクションである(2014年にTM NETWORKが出演したアーティスト・プロデュース・スーパー・エディションで明らかになった)。
  • 木根はバラエティー番組「解禁、今だから言えるナイショ話」で、TM初期の代表曲「Get Wild」ではギターを弾かず、弾いているフリだけの「エアギターだった」と告白した。実際弾いていたのは、B'zデビュー前の松本孝弘であった[80](原曲のエレキギターは窪田晴男が担当しており、松本はライブのみでの演奏である)。
  • 木根が2014年9月26日にニコニコ生放送に出演した際、上記の件について触れ、「実際はアンサンブルでオクターブ奏法を弾いているんです。」とコメントした。また、2014年放送のアーティスト・プロデュース・スーパー・エディション内において、エレキギターがエアギターであることは番組の盛り上がり上のネタであることも明かした。
  • 2015年2月20日放送の「中居正広のミになる図書館」にて木根が照れながらもサングラスを外した姿を公開。スタジオから可愛いと絶賛される。
  • 2020年12月30日放送のTOKYO FM Blue Oceanで、パーソナリティーの住吉美紀が前日のライブについて小室が世の中がこのような状況じゃなかったらやらなかったと語っていたことを明かし、勇気づけられたと述べていた[81]

ディスコグラフィ[編集]

ライブ・コンサートツアー[編集]

出演[編集]

レギュラーラジオ(ただし過去に出演したもの)[編集]

なお、SF Rock Stationでは1987年には小室が、1988年には木根がそれぞれパーソナリティを務めていた。

CM[編集]

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手
1988年(昭和63年)/第39回 COME ON EVERYBODY '88 FINAL MEGAMIX 12/21 益田宏美
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • CAROL(木根尚登:著、単行本 1989年4月15日、ソニー・マガジンズ、文庫本 1991年4月10日、角川書店
  • 電気じかけの予言者たち -TM NETWORK HISTORY 1983(木根尚登:著、1994年5月14日、CBS・ソニー出版)ISBN 4-7897-0877-2
  • TMN FINAL 4001単行本 1994年9月9日、ソニー・マガジンズ、ISBN 4-7897-0888-8
  • 続・電気じかけの予言者たち』(木根尚登:著、限定版 2000年12月5日、通常版 2001年2月16日、メディアファクトリー)ISBN 4-8401-0204-X
  • 新・電気じかけの予言者たち -新世紀篇-(木根尚登:著、2004年5月14日、メディアファクトリー)ISBN 4-8401-1081-6
  • 真・電気じかけの予言者たち -眺望篇-(木根尚登:著、2004年12月3日、メディアファクトリー)ISBN 4-8401-1178-2
  • ファイブ・ソングス five songs for one night(小室みつ子:著、単行本 1988年2月5日、CBS・ソニー出版、文庫本 1991年4月10日、角川書店)ISBN 4-04-179301-7
  • ファイブ・ソングス(2)Five Songs in NEWYORK(小室みつ子:著、単行本 1989年3月、CBS・ソニー出版、文庫本 1991年9月10日、角川書店)
  • ファイブ・ソングス(3)Five Songs in LONDON(小室みつ子:著、単行本 1990年4月、CBS・ソニー出版、文庫本 1992年9月10日、角川書店)
  • TMN EXPO ストーリー(上)(藤井徹貫:著、単行本 1992年2月4日、文庫本 1993年9月22日)
  • TMN EXPO ストーリー(下)(藤井徹貫:著、単行本 1992年6月5日、文庫本 1993年9月22日、ソニー・マガジンズ)
  • TMN 最後の嘘(トリック)(藤井徹貫:著、1994年9月9日、ソニー・マガジンズ)
  • 別冊宝島 音楽誌が書かないJポップ批評53 TMN&小室哲哉 ポップス神話創世(2008年5月19日、宝島社)ISBN 978-4-7966-6269-7
  • CAROLの意味(小室哲哉:著、2014年11月15日、エンターブレイン)
  • 電気じかけの予言者たち - CLASSIX - (木根尚登:著、2015年11月4日、発行:株式会社KADOKAWA)ISBN 978-4-04-730816-9

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ ベストアルバム『TIME CAPSULE all the singles』に収録のボーナストラック「Detour」の名義
  2. ^ a b “TM NETWORKの衝撃、小室哲哉の軌跡でみる音楽シーンの変化:【音楽】”. MusicVoice (アイ・シー・アイ). (2014年5月9日). https://www.musicvoice.jp/news/20140509013854/ 2020年11月14日閲覧。 
  3. ^ Bush, John. TMN | Biography & History - オールミュージック. 2020年11月14日閲覧。
  4. ^ a b 音楽偉人伝 第7回 小室哲哉(前編)コンピュータと共に現れた才能”. 音楽ナタリー (2019年2月5日). 2021年1月11日閲覧。
  5. ^ TM NETWORKのマニピュレーター・久保こーじによる“TMN終了ライブ”全曲解説<前編>”. cocotame (2019年4月16日). 2021年1月11日閲覧。
  6. ^ a b c d e 田家秀樹 (2018年1月30日). “小室哲哉、平成J-POPの立役者 「引退」は回すべき皿がなくなったのか”. J-CAST トレンド. ジェイ・キャスト. 2020年11月14日閲覧。
  7. ^ 「TM NETWORK'S WORKS HISTORY 小室哲哉によるアルバム全曲解説!」『ぴあMOOK TM NETWORK 30th Anniversary Special Issue 小室哲哉ぴあ TM編』ぴあ、2014年5月30日、32 - 59頁。ISBN 9784835623269。
  8. ^ a b Hickey, David. “TRF | Biography & History”. AllMusic. All Media Group. 2020年12月10日閲覧。 “Komuro had already tasted some success a decade before as leader of the techno/rave group TMN.”
  9. ^ “TM NETWORK 宇都宮隆、木根尚登出演 Webラジオ特番『上柳昌彦のFUN FUN FANKS!』8月25日公開【ソニー・ミュージックダイレクト】”. ガジェット通信 GetNews (東京産業新聞社). (2020年8月23日). https://getnews.jp/archives/2692410 2020年11月14日閲覧。 
  10. ^ a b 音楽偉人伝 第8回 小室哲哉(後編)全力疾走の果てに”. 音楽ナタリー (2019年3月13日). 2021年1月11日閲覧。
  11. ^ CDジャーナル データベース (2014年4月22日). “DRESS2:TM NETWORK”. HMV BOOKS ONLINE. Lawson Entertainment. 2021年1月11日閲覧。
  12. ^ ベストアルバム「TIME CAPSULE all the singles」収録のボーナストラック「Detour」の制作
  13. ^ TM NETWORKティーエム・ネットワーク”. OKMusic. 2021年1月16日閲覧。
  14. ^ Tm Network (ティーエム・ネットワーク)”. CDJournal. 2021年1月16日閲覧。
  15. ^ ファン垂涎!TM NETWORK THE MOVIE【予告編で先取り映画】”. シネママニエラ編集部 (2015年1月3日). 2021年1月16日閲覧。
  16. ^ 作家で聴く音楽 vol.4 小室哲哉インタビュー”. JASRAC. 2021年1月16日閲覧。
  17. ^ 電気じかけの予言者たち - CLASSIX -. 株式会社KADOKAWA. (2015). p. 627. ISBN 978-4-04-730816-9 
  18. ^ 同じ苗字だが、小室哲哉とは血縁関係はない
  19. ^ 講談社刊『Views』1995年6月号p.64より。
  20. ^ ぴあ」1999年12月6日号p.20より。
  21. ^ 日経BP刊『日経エンタテインメント!』2014年12月号p.48より。
  22. ^ リットーミュージック刊 『キーボード・マガジン』2001年12月号p.32-40より。
  23. ^ ダイヤモンド社刊『FM STATION』1990年10月28日号p.113より。
  24. ^ a b c ソニー・マガジンズ刊『WHAT's IN?』1999年8月号「TM NETWORK 1999 RESTART 15年目の新しい実験」p.100より。
  25. ^ ソニー・マガジンズ刊 『ギターブック』1999年10月号p.7より。
  26. ^ a b 角川書店刊『月刊カドカワ』1991年10月号「総力特集 TMN 独立する連帯」pp.22-31より。
  27. ^ a b 自由国民社刊「シンプジャーナル」1987年2月号「アルバム『Self Control』インタビュー『高まるボルテージのなかで'87年は』」pp.15-16,「キーボード講座 第19回『今月は、エッセイ風に…』」pp.106-107より。
  28. ^ 集英社刊『週刊プレイボーイ』1991年4月9日号p.210より。
  29. ^ 日経BP刊『日経エンタテインメント!』1999年7月号「小室哲哉通信 第18回『復活!TM NETWORK その真意、その中身』」pp.50-51より。
  30. ^ 日経BP刊『日経エンタテインメント!』2014年12月号「TM NETWORK デビュー30周年で活動が活発化する3人が今だから語る、日本の音楽シーンを変革してきた“伝説の30年”」pp.48-49より。
  31. ^ ダイヤモンド社刊『FM STATION』1990年12月23日号p.13-15より。
  32. ^ 自由国民社刊「シンプジャーナル」1987年6月号p.133より。
  33. ^ 自由国民社刊「シンプジャーナル」1987年9月号p.9より。
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  71. ^ マガジンハウス刊「平凡Special 1985 僕らの80年代」『木根尚登 レコード店を回った静かな情熱は、時代を超えてみんなの心に。』p.98-105より。
  72. ^ 読売新聞 月曜朝刊くらし面 連載「た・か・ら・も・の」木根尚登さん「拓郎」サイン入りギター 2018年5月21日
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  75. ^ 日経BP刊『日経エンタテインメント!』1999年7月号より。
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  77. ^ 角川書店刊『月刊カドカワ』1994年7月号pp.293-295より。
  78. ^ MESSaGE」ジャケットより。
  79. ^ メディアファクトリー刊 『続・電気仕掛けの預言者たち』木根尚登著より。
  80. ^ 「木根尚登はエレキギター弾けなかった…B’z松本が影武者だったと告白」より。 デイリースポーツ 2014年5月28日
  81. ^ Blue Ocean. TOKYO FM. 2020年12月30日放送. 該当時間:10:00