TRONプロジェクト

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TRONプロジェクト(トロンプロジェクト)は、坂村健による、リアルタイムOS仕様の策定を中心としたコンピュータ・アーキテクチャ構築プロジェクトである。1984年6月開始[1][2]

概要[編集]

μITRON4.0仕様に準拠したOSをコントローラーに搭載したゲーム機、Nintendo Switch(2017年発売)。

TRONとは、「The Real-time Operating system Nucleus」の頭字語である。組込み向けのリアルタイムオペレーティングシステム(RTOS)の仕様の策定をプロジェクトの中核としているが、本来はパーソナルコンピュータGUIやハードウェアの仕様策定など、様々なサブプロジェクトを含む。

坂村は、TRONプロジェクトの開始当初、リアルタイムカーネル(組み込み向け)のITRONと、より大きなシステム(パソコン向け)のBTRON、それらを統合するシステムであるMTRON、といったロードマップを示していたが[3]、1987年に発表した論文『The Objectives of the TRON Project』[4]において、HFDS(Highly Functionally Distributed System、超機能分散システム)と言う構想を発表。未来の地球人類社会では、日常生活のあらゆる部分(電球1個、壁パネル1枚)にまでマイコンが入り込み何らかの形で人間と関わりを持つようになると予想し、それらのコンピュータをそれぞれの機器別にバラバラに扱うのではなく、標準によってうまく連携させるのだというビジョンが提示され、TRONはその実現に向け準備するプロジェクトだ、と規定された[5]。要するに、身の回りのあらゆるものにコンピュータが搭載され、それらがネットワークで接続されるという概念であり、これを一般向けに解りやすく言い換えて「どこでもコンピュータ」とも称していた。

1980年代にTRONプロジェクトの中核とされたサブプロジェクトのいくつかは、2000年代を迎える前に頓挫したため、身の回りのあらゆるものにTRONが搭載される環境に関しては実現しなかったものの、身の回りにどこでもコンピューターが存在する環境自体については、インターネットが普及した2000年代以降に「IoT」として、坂村が予言した通りに実現した。TRONプロジェクトはIoTをも取り込んで発展し、TRON系OSはIoT時代を実現する様々なデバイスを制御するための組み込み用リアルタイムOSの一つとして、2010年代以降も広く使われている。

2019年現在、TRONプロジェクトは「トロンフォーラム」を中心として推進されている[6]。トロンフォーラムが策定したリアルタイムオペレーティングシステム等の、完成した仕様については一般に無償で公開されており、仕様の使用については実施料を要求されず、実装・商品化は誰でも自由に行える。仕様書やT-License(バージョン2.0(2011年5月))で配布しているソースコード著作権者は同フォーラムあるいは坂村健となっている。

TRONプロジェクトは長年、坂村健個人と、坂村が会長を務める日本のトロン協会(現・トロンフォーラム)によって推進されていたが、2017年にトロンフォーラムはTRON系の組み込み向けリアルタイムOS「μT-Kernel 2.0」の著作権を米電気電子学会IEEEに譲渡。2018年9月11日、μT-Kernelベースの「IEEE 2050-2018」が、IEEE標準として正式に成立した[7]。これによってTRON系OSが国際標準規格となった。

サブプロジェクト[編集]

BTRON(μBTRON)準拠のOSを搭載した携帯情報端末(PDA)、BrainPad TiPO(1996年発売)。

「TRONプロジェクト」とは、OSの開発だけでなく、ハードウェアやインターフェースの開発も含めた様々なサブプロジェクトを総称するための名称であり、様々なサブプロジェクトが過去に存在した(一部は現存する)。

1980年代よりトロン協会が推進していた「TRONプロジェクト」においては、組み込み向けOSの「ITRON」、ビジネス向け(パソコン向け)OSの「BTRON」、メインフレーム向け(サーバー向け)OSの「CTRON」、TRONにおけるヒューマンインターフェイスをデザインする「トロン電子機器HMI研究会」、TRON構想を実現するためのハードウェアを策定する「トロンチップ」、これら(現代で言う分散コンピューティングに相当する)を統括する「MTRON」、の6つが主なプロジェクトとされていた。これらのプロジェクトのうち、実用的なプロジェクトとしては、組み込み向けOSのITRON系のプロジェクトのみが2000年代以降まで生き残った。

ITRONプロジェクトの成功(それ以外のプロジェクトの頓挫)を受け、坂村は2000年に開かれたトロン協会の第12回通常総会において、TRONプロジェクトが第2ステージに入ったことを宣言。2001年に次世代のTRONプロジェクト「T-Engineプロジェクト」が発足。2002年にはITRONをベースにした組み込みシステム向けのオープンなリアルタイムオペレーティングシステム「T-Kernel」を発表した。

レガシー向けに旧来のITRONの需要もまだ残っていたことから、ITRONを推進するトロン協会とT-Kernelを推進するT-Engineフォーラムはしばらく併存していたが、2010年にトロン協会はT-Engineフォーラムに吸収され、TRONプロジェクトはT-Engineプロジェクトに一本化された。しかしITRONのサポートは継承している。

なお、TRONプロジェクトの第3ステージは、TRONによるユビキタス・ネットワーキング環境が実現した世界のようで、トロンプロジェクトのサイトに概念だけ存在する。

TRONプロジェクト第1ステージ[編集]

JTRON(μITRON)を搭載し、Javaアプリケーション(iアプリ)に対応した初の携帯電話、P503i(2001年発売)。

BTRON[編集]

Business TRON 」の略。ちなみに「BTRON」とはOSの名称ではなく、仕様の名称であり、BTRON仕様に準拠したOSが各社からリリースされる形式となる。

OA機器(オフィスなどで使われることが想定されるコンピューターで、現代で言うパソコンに相当する)向けのOSの仕様で、1985年に開発がスタートした。16ビット機向けシステムのBTRON1と、32-64ビット機向けのBTRON2が存在し、それぞれTRONプロジェクトで開発されたチップ「TRONチップ」での動作を前提とした(Intel 80286での動作を前提とする「BTRON/286」も存在)。

1986年には、学校教育へのコンピュータの導入を目指して旧通商産業省と旧文部省が設立したCEC(財団法人コンピュータ教育開発センター)によって日本の学校教育における標準OSとして検討され、それに日本の大手家電メーカー11社が賛同し、日本の小学校の教育用パソコンへの導入が決まりかけた。しかし、1989年に米国によってスーパー301条の対象として挙げられるなど、日米貿易摩擦を背景とした米国からの圧力にさらされた。

その結果(経緯の詳細はBTRON#通商問題を参照)、賛同したほとんどのメーカーが手を引き、小学校への導入は当初の予定どおりには実現しなかった。BTRON1(BTRON/286)準拠のOSを採用した教育用コンピュータが「PanaCAL ET」(1990年、松下通信工業)として発売自体はされたので、それを選択して導入した学校は存在するが、ほとんどの学校はマイクロソフト社のMS-DOSをOSとして採用した機種を選択した。

「PanaCAL」以外では、教育市場向けではない一般ユーザー向けとして、パーソナルメディア株式会社からBTRON系OSを搭載したパソコンの「電房具」シリーズが販売された。さらに、1994年にはPC/AT互換機で動くBTRON1に準拠したOS「1B/V1」が単体で発売され、一般のパソコンユーザーでもBTRON準拠のOSを利用できるようになった。BTRON系OSを搭載したワークステーションの「MCUBE」も販売され、ITRONの開発用マシンや業務用ハードウェアの制御用などに利用された。当時の競合OS(Windows3.1)とは実用面で比較にならないものの、「実身」「仮身」モデルに代表されるBTRON独特のシステムの熱烈な支持者がいたほか、組み込み用でよく利用されるTRON系OSでありながら曲がりなりにもGUIが利用できることから、開発用OSとしてもある程度の支持者がいた。

その後、BTRONはITRON(μITRON3)ベースのカーネルとなり、PC/AT互換機での動作を前提とする「BTRON3」が策定された。1999年にはBTRON3仕様を満たしたOSの『超漢字』も発売され、1年間で7万本を超える売り上げとなったが[8]、普及率としてはマイクロソフト社のOS(当時の競合OSはWindows98)と競合するOSとはなりえず、2006年発売の『超漢字V』においてはWindows上で動くPCエミュレーター上で動作する前提で、事実上Windowsの1アプリケーションとして動作する前提となっている。

パソコン用OSとしては競合製品に対抗できないものの、一方でBTRON3はμITRONをベースとしているため、一般的なGUIベースのOSが動かないような極めて貧弱な環境においても、μITRONが動いている限りはBTRON準拠のGUIを動かすことができるという特徴があった。そのため、1995年頃より、モバイルでの動作を前提とするサブプロジェクト「μBTRON」の仕様の策定が開始される。

μBTRON[編集]

携帯情報端末(PDA)向けのBTRON。BTRONのサブプロジェクトで、μITRON3ベースのBTRON3をベースに、キーボード未搭載のハードウェアへの対応や、タッチペンへの対応など、モバイル向けの仕様を追加したもの。セイコーの販売する業務用PDA「TiPO」シリーズの3代目で、1996年発表の「BrainPad TiPO」への搭載を前提として策定された。

1996年当時の一般的なモバイル端末は、GUIベースのOSは実用的ではなく、セイコーの「TiPO」シリーズもそれまではOSとしてMS-DOSを積んでいたが、「BrainPad TiPO」ではμBTRONベースのシステムを用いることで、当時の極めて貧弱なモバイル用ハードウェアにおいても実用的な解像度と稼働時間を維持しながらGUIのマルチウィンドウシステムを動かすことができた。「BrainPad TiPO」は1997年開催のなみはや国体の競技記録システムや博物館の案内システムなどの業務用で採用されたほか、1997年には「電房具TiPO」として一般向けにも市販された。TiPOは単三アルカリ乾電池1本でハーフVGA(640x240)の解像度と50時間の連続稼働時間を誇りながら、NetFront Browserを搭載してインターネットの閲覧も可能であった。

μBTRONを搭載したPDAとしては唯一の市販製品となる「電房具TiPO」は、使い勝手がそれほど良くなく、ユーザーの声を聞きながらインターネットを通じたプログラムのアップデート(当時としては極めて画期的)を繰り返しつつも、1999年に販売を終了する。しかし「TiPO」を始めとするμBTRON搭載機器の開発で得られたノウハウは、1999年より販売されることになるITRONを搭載したインターネット対応の携帯電話(2010年代においてはガラパゴスケータイと呼ばれている)に生かされた。

TRON-GUI[編集]

TRONを搭載した組み込み向けのGUIの規格。1999年より策定開始。

1990年代後半より、組み込み向けハードウェアでもGUIが動かせるほど性能が向上してきたこともあり、コピー機やVTR機と言った一般の家電にもGUIが搭載され始めたが、ハードによってGUIがバラバラであったため、プログラムを制作する技術者の負担が非常に大きかった。そのため、1999年に「TRON-GUI仕様研究会」が発足し、組み込み向けGUIの標準化が試みられた。

BTRONにおいて策定されているようなGUIの「作法」を、組み込み向けのITRONにおいても確立しようとしたものであるが、2000年にT-Engineプロジェクトが開始するとともに自然消滅した模様。

CTRON[編集]

「Communication and Central TRON」の略。メインフレーム向け(現在で言うサーバーに相当する)のTRON OSで、1985年にプロジェクトを開始し、1986年に第1版が公開された。日本電信電話公社(現在のNTT)の電話交換機での使用を前提として設計され、同時にCTRON上で動くアプリケーションも制作された。

電電公社の電話交換機の納入元は、従来はすべて日本メーカー(いわゆる「電電ファミリー」)で構成されていたため、米国より「機器納入の自由化」への圧力がかけられたが、CTRONプロジェクトでは機器納入元としてNEC、富士通、沖電気、日立製作所という「電電ファミリー」4社に加え、海外メーカーとして米AT&Tと加ノーザンテレコムを加えることで外圧を乗り切った。

CTRONプロジェクトは成功し、1990年代には日本の電話交換機のほとんどがCTRONベースのシステムとなったほか、沖電気などのATMにも採用された。

ITRON(μITRON)[編集]

組込みシステム向け(を重視した)リアルタイムOS。1984年にプロジェクトを開始し、1987年に初版を公開。1989年には大規模組み込みシステム向けの「ITRON2」の公開と同時に、小規模組込みシステム向けのITRON2のサブセットとして「μITRON2」も公開された。

μITRONは、元々はITRONのワンチップマイコンのROMに内蔵するなどごく小規模な実装のためのサブセットだったが、ITRONよりもμITRONの使用が主流となったことから、ITRON系OSはμITRONに一本化し、μITRON3.0以降のμITRON仕様はITRON全体の新バージョンとして、ITRONのほぼ全てに相当する機能を持っている。民生用機器では、デジタル家電で広く使用されている他、日本ではフィーチャー・フォンにおいても広く使われていた。

ITRONの仕様は1999年公開のμITRON4が最終となり、それ以後のTRONプロジェクトのメインはT-Engineに移行することとなったが、2010年代以降においても小規模システムにおいてはμITRONが広く使われている。

JTRON[編集]

μITRONのタスクと Java仮想マシンのインタフェースを定めた規格。1997年策定。

μITRONにJavaを導入することで、μITRONにおいてGUIやネットワーク機能などのリッチな機能を利用することが可能となる。また、ライブラリーが揃っており、ソフトウェアの移植性が高いJavaを利用することで、開発期間を削減し、開発コストを削減することができる。

一方、リアルタイム制御やハードウェアの直接制御などと言ったJavaの不得手な部分はμITRONで行う。このように、μITRONとJavaで不得手な部分を互いに補完しあうことができる。

主な実装としては、アプリックス社の「JBlend」が挙げられる。日本で2001年以降に普及した「Java対応携帯電話」においては、ドコモでは503iシリーズ以降において、J-フォンとauにおいては全ての製品でJBlendが採用されていた[9]

TRONCHIP[編集]

TRONプロジェクトにおけるチップ(マイクロプロセッサ、現在で言うCPUに相当)の設計を目的とするサブプロジェクト。1986年開始。

アーキテクチャはCISCを採用している。チップの設計においては、坂村は命令セットの設計のみを行い、実際の回路の設計は生産に当たる各社で行う、と言う形式を取った。そのため、同じアーキテクチャの製品が複数のメーカーから発売された。この方式は、後に組み込みCPU市場を寡占するARM社でも採用されることになる。

チップの開発は1989年より行われ、各社の製品は1990年より順次発売された。主な実装としては富士通三菱電機、日立(GMICROグループ)によるGMICROシリーズなどが開発・設計・製造された。当初は主にパソコン向けを予定しており、OSとしてはBTRONの搭載を前提としていたが、BTRONプロジェクトが失敗に終わり、当時の競合機のOSに対してあまりに力不足な状態であったため、TRONチップを搭載したパソコンを出荷することができなくなった。そのため、組み込み向けのチップとして主に使用されることとなった。ただし、そうなると敢えてCISCで行く意義は薄れてしまい、各社とも32ビット以降のプロセッサではTRONチップの採用を取りやめ、RISCによる独自アーキテクチャで開発が行われることとなった。

TRONチップは元々パソコン向けを前提としていたこともあって、組み込み向けとしては規模が大きすぎるため、あまり普及しなかったものの、NTTの交換機や日本の人工衛星などで採用されている。また、日本の電機メーカーは、TRONチップの開発を通じてマイコン開発のノウハウを蓄積した。三菱・Mシリーズや日立・SHシリーズなど、後の各社の32ビットマイコンの命令セットにいくらかの影響がみられる。

トロンヒューマンインタフェース仕様[編集]

TRONにおけるヒューマンインタフェース仕様の策定を行うサブプロジェクト。略称は「トロンHMI仕様」、あるいは「トロン作法」ともいう[10]

トロンアーキテクチャが考える電子機器や家電製品などのヒューマンインターフェイスの仕様を提示したもので、その成果は1993年に『トロンヒューマンインタフェース標準ハンドブック』[11]として書籍化され市販された。

MTRON[編集]

「Macro TRON」の略。ITRON、BTRON、CTRONなどのTRON系OSで構成される、超機能分散システム(HFDS)全体を対象とするようなOS(の構想)である。1984年に提唱された。

上記のように、HFDS(どこでもコンピュータ)な社会が実現し、身の回りに存在するあらゆるものにTRON系OSが搭載されることになると、それらを統括するネットワークシステムが必要となる。別々に設計された機器を、MTRONを介して相互に接続することが可能になる。MTRONの存在によって、開いたネットワーク(現在で言う分散コンピューティング)環境が実現すると想定された。

これがTRONプロジェクトの最終目標であるとされたが、結局ITRON以外は普及しなかったため、ITRONに一本化されることになった。

TRONプロジェクト第2ステージ[編集]

宇宙航空向けTRON系OSの「T-Kernel 2.0 AeroSpace」を搭載した準天頂衛星「みちびき(初号機)」を載せて宇宙へ飛び立ったH-IIAロケット18号機(2010年打ち上げ)。

eTRON[編集]

ICカード、特に非接触のものの通信や、認証などのセキュリティなどの規格。2000年発表。

T-Engineを搭載したチップ同士が安全に通信を行うための公開鍵基盤(PKI)である。全てのモノがネットワークで接続されるユビキタス・コンピューティング社会においてはセキュリティを守るため、利用される全てのT-EngineボードにはeTRONが搭載されることが前提となる。

T-Engine[編集]

ハードウェアやソフトウェアなどを含む、T-Kernelの開発環境。2001年発表。

T-Kernel(μT-Kernel)[編集]

ITRONをベースに設計された、組み込み向けリアルタイムOS。2002年公開。

ITRONでは1980年代当時のハードウェアの性能による制限から、仕様書だけ策定されており、実装はハードウェアに合わせて各自で行なう「弱い標準化」の方式となっていたため、最小のシステムから大規模システムにまで対応できるスケーラビリティを持つ一方、それぞれの実装で細かい違いがあり、ソフトの再利用などが困難だった。その反省から、T-Kernelでは2000年代のハードウェアの性能に合わせて「強い標準化」を目指し、仕様書だけでなくソースコードもオープンとなっており、それによって細かな実装上の違いをなくし、デバイスドライバやミドルウェアの再利用が促進できるようになっている。

T-Kernelと互換性を持ちつつ最小のシステムでも利用できる「μT-Kernel」も策定された。このように、ソフトの再利用性やミドルウェアの利用による開発の容易さと言った特徴を持ちつつも、リアルタイムOSとして小規模なシステム開発から大規模なシステム構築用途にまで対応する「フルスケーラビリティ」を持つ。

μITRONのソフトウェアをT-Kernel上で再利用することも容易とされている。

T-Engineボード[編集]

T-Engineの標準プラットフォームで、T-Kernelが動作するハードウェア。eTRONを搭載している。ソフトウェアの移植性が高く、異なるCPUを搭載したボードでも同一のソースでソフトウェアが使用できる。

2019年現在、パーソナルメディア株式会社よりトロンフォーラム公認のT-Engineリファレンスボード(U00B0021-02-CPU)が販売されており、T-Kernelの評価ができる。標準価格 49,800円。

IEEE 2050-2018[編集]

米電気電子学会IEEEによる、リアルタイムオペレーティングシステムの国際標準規格である。2018年策定。

2013年発表のμT-Kernel2.0が、2018年にIEEEによって標準化されたもの。これに準拠したOSとして、2018年発表のμT-Kernel 3.0が存在する。

その他[編集]

シンボル[編集]

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TRON-symbol.jpg

1989年のデザイン[12]。「TRON 2-D77C.gif」(大漢和 5-13536、GT 17106、U+23091「𣂑」)をモチーフとしたもの。「斗」の古字で「」の意があり、升=計器=規格に通じる、といった考えがある。中央の「十」の部分がTRONの頭文字「t」を模してもいる。

また、この字を使い、TRONを漢字で「TRON 2-D77C.gif論」と当て字したりもする。中国で篆刻してもらおうとしたところ、この字は国字であるために中国でも通用する「斗」にされてしまい、さらに篆書体のために、まるで「毛」という字のような、当初の意図とは全くかけ離れたものが出来上がってしまった、というエピソードがある[13]

TRONキーボード[編集]

TRONプロジェクトでは、コンピュータ用として新しくデザインし直されたキーボードも製作した。放射状の配列を採用した「TRONキーボード」と、ノートPC等での使用を考慮し、矩形内に配列した「μTRONキーボード」がある。

プロジェクトの当初の時期に設計・試作(一部製品化)されたキーボードは、英字系がDvorak配列ベース、日本語系がプロジェクトでの調査にもとづく独自配列(物理形状としては、M式等との類似もあるが中迫勝らの研究を参考・反映したもの。日本語入力方式はシフトによりひとつのキーに割り当てられた複数のかなを切り替えるという点は親指シフトに類似している)というものであった。

掌に合わせた物理形状であることから、掌の大きさに合わせないと使い辛くなることが予想でき、それに対応するためS・M・Lの複数サイズを最終的には用意することとしていた[14]が、沖による試作品やTK1などでMサイズ以外のものは作られなかった(後述する、2017年初頭現在製造市販されているμTRONキーボードは、左右セパレート型にすることである程度のポジションの違いに対応している)。

μTRONキーボード」という商品名で2017年初頭現在製造・市販(ユーシーテクノロジ(株)製造・パーソナルメディア(株)販売)されているものは、QWERTYJISかな配列になっており、TRON本来の配列は添付の厚紙製トレーナーと、ドライバソフトウェアによるサポートとなっている。「TRON配列モード」に切り替えるとUSBから一瞬論理的に切り離され、USBプロダクト IDが変化して再接続する。

HFDS[編集]

坂村が1982年に発表したプレゼンテーションスライド「未来のオフィス」で大枠が示され、1987年の論文『The Objectives of the TRON Project』において明確なビジョンとして示された。

未来の地球人類社会では、日常生活のあらゆる部分(電球1個、壁パネル1枚)にまでマイコンが入り込み何らかの形で人間と関わりを持つようになると予想し、それらのコンピュータをそれぞれの機器別にバラバラに扱うのではなく、標準によってうまく連携するシステムを「超機能分散システム」、Highly Functionally Distributed System(HFDS)と呼んだ。そして、TRONをその実現に向け準備するプロジェクトと位置付けるものである。

対談などではくだけた表現として「どこでもコンピュータ」などと呼ぶこともあったり、2000年ごろよりマーク・ワイザーによるユビキタスコンピューティングの概念が広まってからは、そちらを使うことが多くなった。2000年代後半以降は「IoT」と呼んでいる。


トリビア[編集]

  • 1982年のヒット映画「トロン」との関連は曖昧にされており、プロジェクト発足直後にあたる時期の坂村の著書『電脳都市』の映画「トロン」の章の注には、よく映画から採ったのか、と聞かれるのだが「そうでもないし、そうでもある、というところで実のところ全く関係ない。でも、このプロジェクトを始める前に映画を見た記憶はある。TRONThe… の略である。」[15]と書かれている。
  • 坂村はUnicode、特にCJK統合漢字のために行われた Han unification英語版を、漢字文化圏の文化を破壊するものとして、強く批判した。主要な主張は日本電子工業振興協会発行の『未来の文字コード体系に私達は不安をもっています』(全国書誌番号:20985671)にある(このパンフレットは1993年に発行されており、坂村らの以後の主張が指す「Unicode」は、当時の規格である、Unicode 1.1 と、Unicode との共通性を強く指向したISO/IEC 10646-1:1993を基としている)。

脚注[編集]

  1. ^ 坂村 1987c, p. 2.
  2. ^ 「6月」というのが具体的に何をした時なのかはよくわからない。サーベイ等はもっと前から行っており、前月の5月に研究集会での発表も行っている。
  3. ^ 先頭のアルファベットを並べると「IBM」ではないか、という冗談があった。後にCTRONが加わり「ICBM」と、より物騒になった、というオチが付く
  4. ^ The Objectives of the TRON Project doi:10.1007/978-4-431-68069-7_1
  5. ^ 坂村健「TRONの目指すもの」、『TRONプロジェクト'87-'88』pp. 3~19
  6. ^ 2015年4月1日に「T-Engineフォーラム」から「トロンフォーラム」に名称変更。さらに以前は社団法人トロン協会によって推進されていたが、2010年1月15日付けで解散し、2000年頃から併存していたT-Engineフォーラムに吸収された
  7. ^ μT-Kernel 2.0がベースのIEEE 2050-2018がIEEE標準として正式に成立”. www.tron.org. トロンフォーラム (2018年9月11日). 2019年2月25日閲覧。
  8. ^ 美崎薫『超漢字超解説』、工作舎 、2000年
  9. ^ ケータイ用語 第100回:JBlend とは - ケータイWatch
  10. ^ 『トロンヒューマンインタフェース標準ハンドブック』、はじめに(p. XIV)
  11. ^ トロンヒューマンインタフェース標準ハンドブック - パーソナルメディア書籍サイト
  12. ^ 『TRON DESIGN』p. 4
  13. ^ 『TRONWARE』Vol. 36 p. 7
  14. ^ 坂村 1987c, p. 171.
  15. ^ 『電脳都市』岩波版(ハードカバー版)p. 290

参考文献[編集]

関連項目[編集]