USAペルピニャン

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USAペルピニャン
正式名称 Union Sportive des Arlequins Perpignanais
創設年 1902年
本拠地 フランスの旗 ペルピニャン
グラウンド スタッド・エメ・ジラル
収容人数 14,593
会長 François Rivière
コーチ Alain Hyardet
Grégory Patat
François Gelez
主将 Guillaume Vilaceca
所属リーグ プロD2
2017-18 1位(昇格プレーオフ・優勝)
ファーストカラー
セカンドカラー
セカンドカラー
公式サイト
www.usap.cat
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USAペルピニャン(Union Sportive des Arlequins Perpignanais)は、フランスラグビーユニオンクラブ。国内選手権7度の優勝経験を持つ伝統あるクラブである。チームカラーはサニェーラに由来する黄色と赤。

歴史[編集]

クラブは1902年、ASペルピニャンとして創設された。1914年に国内選手権の決勝に初めて進み初タイトルを獲得したが、直後に第一次世界大戦でこの時の優勝メンバーが数人亡くなっている。1919年にはクラブ名がUSペルピニャンとなり、1921年には決勝でスタッド・トゥールーザンを破り2度目のタイトルを獲得した。1924年からは3シーズン連続で決勝に進出し、1924年・1926年はいずれもスタッド・トゥールーザンに敗れ準優勝に終わったが1925年は優勝を果たしている。

1930年代は決勝に3度進み、いずれもビアリッツ・オランピックとの戦いとなり1935年・1939年は敗れ、1938年は勝利した。1933年にはクラブの名称が現在のUSAペルピニャンとなっている。その後第二次世界大戦による中断を挟んで1955年までに3回決勝に進み、2度のタイトルをとったがその後は結果を残せず低迷するシーズンが続き、1977年と1998年に進んだ決勝でもそれぞれASベジエ・エロー、スタッド・フランセに敗れた。それでも徐々に強さを取り戻したペルピニャンは2003年のハイネケンカップ2004年のトップ14で準優勝し、2008年に獲得したダン・カーターアキレス腱を痛め期待されたような結果を残せなかったが2009年にはASMクレルモン・オーヴェルニュを下し1955年以来の悲願の優勝を飾った。

2014年、シーズン13位に終わったUSAペルピニャンはプロD2(2部)に降格した。

2017-2018シーズンにはプロD2のリーグ戦を1位で終えると昇格をかけたプレーオフにおいて決勝でFCグルノーブルを破り優勝、2018-2019シーズンのトップ14復帰を決めた[1]


戦績・タイトル[編集]

  • トップ14
    • 優勝: 1914, 1921, 1925, 1938, 1944, 1955, 2009 (7回)
    • 準優勝: 1924, 1926, 1935, 1939, 1952, 1977, 1998, 2004, 2010 (9回)
  • プロD2(2部)
    • 優勝: 2018

関連項目[編集]

脚注[編集]