yukihiro

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yukihiro
基本情報
出生名 淡路 幸宏(あわじ ゆきひろ)
別名 YUKIHIRO
Yukihiro
YUKI P'UNK
生誕 (1968-11-24) 1968年11月24日(51歳)
出身地 日本の旗 日本千葉県市川市
ジャンル ロック
オルタナティヴ・ロック
インダストリアル
テクノ
ハウス
エレクトロニカ
シューゲイザー
職業 ドラマー
シンガーソングライター
ギタリスト
ベーシスト
DJ
作詞家
作曲家
編曲家
担当楽器 ドラム
ボーカル
ギター
ベース
DJ
ピアノ
キーボード
シンセサイザー
サンプラー
活動期間 ZI:KILL
1989年 - 1990年
DIE IN CRIES
1991年 - 1995年
L'Arc〜en〜Ciel
1998年 -
acid android
2001年 -
geek sleep sheep
2012年 -
レーベル Danger Crue Records
(1995年 - 2000年)
track on drugs records[1]
(2001年 - 現在)
Ki/oon Records
(2001年、2003年 - 2006年)
事務所 MAVERICK
共同作業者 L'Arc〜en〜Ciel
acid android
geek sleep sheep
公式サイト tracks on drugs
上領亘テリー・ボジオ

yukihiro(ユキヒロ、1968年11月24日 - )は、日本ミュージシャンドラマーシンガーソングライター
ロックバンドL'Arc〜en〜Cielgeek sleep sheepのドラマー。ソロプロジェクト・acid androidヴォーカリストとして活動している。また、元P'UNK〜EN〜CIELベーシスト、元ZI:KILLDIE IN CRIESのドラマー。L'Arc〜en〜Ciel加入以前の表記はYUKIHIRO。愛称は「ユッキー」。千葉県市川市出身。血液型はA型。独身。所属事務所はMAVERICK

概要[編集]

高校時代 - Zi:KiLL加入・脱退[編集]

yukihiroがドラムを始めたのは高校入学の時だった。入学祝いを貰い、それでギターを買おうと楽器店へ向かったが気に入るものが見つからず、ギターと同じフロアに置いてあったドラムセットに一目惚れした。タムやシンバルがきっちりと組み込まれているのを気に入ったとされる。「跳ね返りが悪くなる」という理由で防音マットも敷かずフルセットで叩き、近所から苦情が来たため、市役所の訪問を受けたことがある。結局、叩く時間を決めることで、事態は収拾された。そして高校入学後から髪を伸ばしはじめ、バンド活動を始めた。

しかし、バンド活動に傾倒し次第に学校へ行く意味を見失い、高校を退学しようと親に相談したところかなり怒られたため、高校を無事に卒業後、大学へ進学。大学合格時も辞退しようとしたが、教師から「入りたくても入れなかった人もいる。お前が合格した代わりに誰かは落ちているんだ。」と諭され、大学に進学した。ちなみに大学を選んだ理由は「家から通えるから」だった。

大学在学中、東京ヤンキースを結成する前のUME、NORIとGUERRILLAを結成。1989年6月11日に目黒鹿鳴館でそのバンドのライブを見ていたZI:KILLのKENがyukihiroを誘い、そのままZI:KILLに加入した。その後2枚のアルバムに参加したが、そのレコーディング終了後の1990年12月28日に脱退してしまう。理由は海外でレコーディング中ヴォーカルのTUSKが「こいつが居るなら俺が辞める」と言い出し、途中参加だったyukihiroが抜けることとなった[2]。yukihiro曰く、「音楽的に極端なものを目指す自分と普遍的なものを目指す他メンバーとの間に距離やズレが生じていた」とのことである[2]。脱退した途端にレコード会社の人間に見放されたため、初めて訪れた海外で放り出される結果となった[2]

DIE IN CRIES結成 - 解散[編集]

ZI:KILL脱退後、ロンドンにいたyukihiroはD'ERLANGERKYOとバンドを組みたいと思った為、「ZI:KILLをやめるからバンドをやらないか?」と現地から電話をした。その後THE MAD CAPSULE MARKET'Sを脱退した室姫深に誘われたが、結局は室姫深が引き込まれる形になる。

まずはKYOがDIE IN CRIESと名乗りつつもソロとしてアルバム『NOTHINGNESS TO REVOLUTION』を発表。yukihiroと室姫深はユニットOPTIC NERVEを組み、CDを発売。OPTIC NERVEは既に『NOTHINGNESS TO REVOLUTION』に参加していたため、二人を入れてバンドとして活動することが決定。そこにTAKASHIを加え、DIE IN CRIESでメジャーデビューを果たす。1995年7月2日東京ベイNKホールでのライヴをもって解散するまでの全作品にドラマーとして携わった。なお、このときの事務所がデンジャークルーだったことが、後にL'Arc〜en〜Cielに誘われるきっかけとなった。

DIE IN CRIES解散後はソロ活動と共に飯島直子のサポートドラマーとして活動をする。また、1996年には、THE MAD CAPSULE MARKET'Sのアルバム『4 PLUGS』に サウンドプログラマーとして参加している。この時期、「ドラム以外の仕事をほとんどしなかったので財産は尽きかけ住む家もなくなり、他人の家に居候する生活が一年ほど続いた[2]」と述懐している。

L'Arc〜en〜Ciel加入 - 現在[編集]

1997年にL'Arc〜en〜Cielの前ドラマーのsakuraの脱退を受け、同バンドにサポートドラマーとして参加し、翌1998年1月1日付けで正式加入する。ドラムセットの前にマイクを置いていたsakuraとは対照的に、加入当初は歌うことはほとんど無かったが、2001年より始動したソロプロジェクトacid androidでは本格的にボーカルをとっている(acid androidの詳細は下記参照)。また、L'Arc〜en〜Cielのライブにおいては、2003年に行われたライブ「Shibuya Seven days 2003」で自作曲「trick」をhydetetsuyakenらとギターで演奏しながら共に歌っており、以後のライブでも同曲のボーカルを一部担当している。

L'Arc〜en〜Cielでは、ドラムだけでなくギターやキーボードプログラミングを担当し、パートチェンジバンドP'UNK〜EN〜CIELではベースを担当した。他にも2001年に自主企画イベント「acid android in an alcove」を行ない、DJとしてステージに立っている。さらに、アルバム『ark』収録の「Cradle」のターンテーブルや、アルバム『AWAKE』収録の「AS ONE」でスクラッチなどから、yukihiroの嗜好が一部が垣間みられる。

L'Arc〜en〜Ciel内で作詞作曲を手掛けた物は少ないものの、『ark』『ray』以降の全てアルバムに自身が作曲した楽曲が収録されている。これに関しyukihiroは、「当時"みんな書くから書かなきゃなあ"と思った[3]」と述べている。また、「他のバンドとかでダメって言われてた曲がアルバムに入って嬉しかった[3]」とも語っている。

アルバム『ray』収録の「trick」やアルバム『SMILE』収録の「REVELATION」に代表されるようにブレイクビーツインダストリアルなどを下敷きにしたマシーン・ビートをバンド・サウンドと同期させた楽曲を多く手掛けている[4]。他にも、自作曲で初のシングル楽曲となった「New World」は、シングルにおいて初のhyde以外による作詞作品となっている。また、他のメンバーが作曲した楽曲の打ち込みによるアレンジを行うことも多い。2000年にはyukihiroが手掛けたリミックス音源を収録したアルバム『ectomorphed works』をリリースしている。

2012年8月に行われたacid android主催のDJ&ライブイベント「acid android in an alcove vol.5」において、acid androidのレコーディングに参加していた百々和宏MO'SOME TONEBENDER)と、345(凛として時雨)と自身からなるスリーピースバンドで出演し、バンド名を明かさず初ライブを行った。同年9月にはバンド名、geek sleep sheepを発表し、新たにバンドを始動した。

geek sleep sheep2012年に行われたライブ「20th L'Anniversary WORLD TOUR 2012 THE FINAL」の横浜国際総合競技場公演終了後の楽屋でプロジェクトがまとまったもので[5]、yukihiroは「"ドラマーとして何かに参加する"でなく"バンドでドラムを叩きたい"[6]」と思い結成したと述べている。

L'Arc〜en〜Ciel加入以降も時折他バンドにサポートドラマーとして参加している。2002年には上領亘と白石元久が結成したユニット、crowのライブ「Surround Space Perception」にゲスト出演している。また、2016年1月には今井寿BUCK-TICK)と藤井麻輝(ex.SOFT BALLET睡蓮、minus(-))によるユニット・SCHAFTのアルバムレコーディングに参加している。また、同年に開催したライブツアー「TOUR ULTRA - The Loud Engine -」にバンドメンバーとして同行した。

バンド・ユニット遍歴[編集]

acid android[編集]

L'Arc〜en〜Cielのファンクラブイベント「acid android in an alcove」に端を発し始動したyukihiroのソロプロジェクト。2017年7月1日にはアーティスト表記を大文字のACID ANDROIDに変更した。本プロジェクトでは自身が基本的にヴォーカルを務めており、レコーディングにおいてはギタードラムを担当することもある。

2001年にyukihiro名義でシングル「ring the noise」、翌2002年にacid androidとして初のアルバム『acid android』をリリースし活動を本格的に開始した。現在までにシングル3作(yukihiro名義及び配信含む)、アルバム6作(内ミニアルバム2作)を発表している。

楽曲はyukihiroが昔から好んで聴いていたインダストリアルを取り入れたものが多い。ただし、本人は「インダストリアルバンドというわけではない」と語っており、事実ヘヴィ・ロック、ラップ調等[7]、L'Arc〜en〜Cielとは違う音楽性を内包した楽曲を手掛けている。また、近年yukihiroは「自分的にはインダストリアルは十分がんばった[8]」「自分のなかでやりたいと思っていたことはやったかな[8]」と述べており、音楽性がインダストリアルからダークなエレクトロを基調としたサウンド[9]に変化している。

レコーディングには、トニ・ハリディ(カーヴ)、百々和宏MO'SOME TONEBENDER)、藤井麻輝minus(-)、ex.SOFT BALLET、ex.睡蓮)、今井寿BUCK-TICK)、TK凛として時雨)、朝本浩文など多くのミュージシャンが参加している。

また、このソロプロジェクトを開始する発端となったイベント「acid android in an alcove」は定期的に企画し、オールナイトで開催されている。イベントはライブイベントとDJイベントに分けて行われることが多く、ライブアクトとしてTHE NOVEMBERSMUCCMO'SOME TONEBENDERminus(-)agraphLillies and Remains土屋昌巳らが、DJアクトとして石野卓球砂原良徳DJハヤシPOLYSICS)らが過去に出演している。

作品[編集]

ソロ[編集]

yukihiro名義[編集]

シングル[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番 最高順位
2001年9月27日 ring the noise 12cmCD KSC2-412
9位
アルバム[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番
2000年5月14日 「8. 13」LIVE AT NISSIN POWER STATION '95. 8. 13 12cmCD DCCA-11
映像作品[編集]
発売日 タイトル 規格
1995年11月21日 「8. 13」LIVE AT NISSIN POWER STATION '95. 8. 13 VHS
DVD
参加作品[編集]
発売日 アーティスト タイトル 内容
1996年1月24日 THE MAD CAPSULE MARKET'S 4 PLUGS プログラミングで参加
2001年8月23日 オムニバス Dante's Selection 「ring the noise」を収録
2007年12月19日 睡蓮 音ヲ孕ム 収録曲「左手」にドラムで参加
2009年3月11日 六花ノ音 収録曲「浸透して」「腐葉土」「根ノ音ニタユタヘ」にドラムで参加
2009年12月23日 THE DAWN 収録曲「浸透して Ver.2.0」にドラムで参加
2016年1月20日 SCHAFT ULTRA ドラムで参加
2016年5月25日 Deeper and Down ドラムで参加
2019年3月27日 Various Artists 東京喰種トーキョーグール AUTHENTIC SOUND CHRONICLE Compiled by Sui Ishida People In The Boxの楽曲「聖者たち」のリミックスで参加
2020年5月27日 THE NOVEMBERS At The Beginning シーケンスサウンドデザイン、プログラミングで参加
書籍[編集]
種別 発売日 タイトル 発行
写真集+証言集 2011年9月 yukihiro history book beautiful days 音楽と人
単行本 2014年5月23日 yukihiro milk another story 音楽と人

acid android名義[編集]

バンド・ユニット[編集]

ZI:KILL[編集]

シングル[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番 最高順位
1991年4月26日 LONELY 8cmCD TODP-2241
14位
1995年8月23日 HERO
※3曲目に収録されている「LONELY (LIVE VERSION)」のみyukihiroがドラムを叩いている。
8cmCD TODP-2308
26位
アルバム[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番 最高順位
1990年3月25日 CLOSE DANCE 12cmCD EXG-002
-
1991年3月20日 DESERT TOWN
※クレジットはされていないが、yukihiroがドラムを叩いている。
12cmCD TODP-2308
10位

OPTIC NERVE[編集]

アルバム[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番
1991年9月10日 OPTIC NERVE ABSTRACTION 12cmCD HML-007

DIE IN CRIES[編集]

L'Arc〜en〜Ciel[編集]

geek sleep sheep[編集]

ドラマーとして[編集]

タイトで正確な、細かい手数を用いたフレーズフィルインが特徴。特にL'Arc〜en〜Ciel加入以前は今よりも多くの手数を用いており、叩く姿も大振りなため派手でアグレッシブなプレイだった。また、「SEVENTH HEAVEN」を始め、打ち込みブレイクビーツ(「New World」、「winter fall」、「spiral」、「DRINK IT DOWN」などで使用)を同期させたプレイやスリップビートなど変則リズムも多く採り入れたことで、結果的にはL'Arc〜en〜Cielの楽曲幅を広げることに貢献した。尊敬するドラマーは上領亘(ex.GRASS VALLEY)であり、yukihiro自身が「ハイハットを複数セットするのは、明らかに上領さんの影響[10]」と述べているようにプレイスタイルにも近似点が見られる。

音作りに関しては、「楽曲の中でドラムの音は小さくてタイトに、スネアとハイハットを同時に叩いたときの音が、人が聴いているという意味でのスネアの音である[11]」と考えている。

ドラムセット右側のリモートハットと左側のクローズドハットで16ビートを刻む独特なプレイがある。4拍子のバスドラの裏に右手のリモートハット、同時に裏の16分音符を左手のクローズドハットで刻む(「NEO UNIVERSE」、「SEVENTH HEAVEN」、「Caress of venus」、「花葬」、「Lover boy」などで見られる(各種ライブDVD参照)。

使用機材[編集]

ドラムセット[編集]

ツーバスをベースに、ピッコロスネアやロートタム、多数のシンバルを構成。高く設置されたチャイナシンバルが特徴的なセットである。ドラムラックを用いて左右対称を意識して構築しており、その複雑さからしばしば『要塞』と形容されることもある。前方のチャイナシンバルとは対照的にスネアやタム類が水平に低く設置されていることにより、ライヴなどでは他のドラマーに比べて、上半身がより見えやすい。

バスドラムPearlの6plyメイプルの22インチが2つ。セット中央のスネアドラムはシェルが薄く高音域で、音のヌケが良いピッコロスネア。スネアの前方には10インチのタムが1つ、本人から見て右側にフロアタムが14インチ・16インチの2つ、前方のタムをはさんで左に6インチ、右に8インチ・10インチのレモ製のロートタム3つが配置されている。

シンバルに関しては、全てセイビアン製のシンバルである。ハイハットシンバルは左側にスタンド式とクローズドハットの2枚、右側にリモートハット1枚の合計3枚がセットされている。ハイハットを2枚配置するドラマーは比較的多いが、3枚配置することはあまりない。また前述した通りドラムラックを用い、スタンドを必要とせず場所に困らないため、特にクラッシュシンバルチャイナシンバルスプラッシュシンバルは組み込まれている枚数や種類が多い。

フットペダルにはPearlのEliminator IIを使用。右足側は右バスドラ、左足側は左から順に左ハイハット・左バスドラ・右リモートハットの3つのペダルがマウントされている。リモートハット用のペダルはPearlではなくYAMAHAの旧モデル。ドラムラックの脚の部分は三脚式に改造されている。

2011年頃までは上記の構成でアークティックホワイトのセットを使用。ハイハットは左側のメイン用もリモートハットが使用されていた。前方には18インチのチャイナが2枚左右対称に高くセッティングされていたが、セット左側に1枚だけだった時期もある。2012年以降はマットブラックのセットになり、アークティックホワイトのセットは、ライブのサブステージ等でメインのセットとほぼ同じセッティングで使用されている。

DIE IN CRIES時代も基本的な配置は似ているが、今よりもさらに点数が多いセッティングだった。タム類は基本のフロアタム以外は、キャノンタム2つ、ロートタム5つで構成されていた。また、ライドシンバルやクラッシュシンバルは使用せず、チャイナシンバル9枚、スプラッシュシンバル3枚、ハイハット4枚、さらにロートタムのスポークをシンバル代わりに使用するなど、現在にも況して特異なドラムセットであった。その点数の多さから、当時のローディーに「お願いですからスタンドではなく、ラックにして下さい」と泣いて懇願されたという逸話まで残っている。

2015年頃からは、ワンバスベースのセットを使用。全体の高さが以前より低くなり、スネアは5インチのHybrid Exoticに、ロートタムは6・8インチの2つになった。高く聳えるチャイナシンバルは無くなり、17インチのホーリーチャイナを2枚導入。ワンバスになったことでツインペダルになった。

2018年に開催されたライブ「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2018 L'ArChristmas」では、再びツーバスのセットになった。配置はツーバスセット時代とほぼ同様だが、シンバル等の高さはワンバスセットに近い。スネアはウルトラキャストでフリーフローティングシステムを取り入れたピッコロスネアを使用。前方中央に17インチのホーリーチャイナ1枚が高く設置され、Hybrid Exoticはサブスネアとして取り入れられた。

シンセサイザー等[編集]

機材 モデル
シンセサイザー
リズムマシン、サンプラー等

人物[編集]

趣味・嗜好[編集]

エピソード[編集]

  • 非常にストイックな性格で、L'Arc〜en〜Cielの共同プロデューサー岡野ハジメはレコーディングでのyukihiroについて完璧主義者と評しており、「自分の思い描いたビートが出るまで何十時間でも叩き続けている[47]」「彼は凄く優秀なドラマーだし上手いんですけど、『yukihiro道』がありますね。最初はそれが理解できなくて、"テイクワンが素晴らしかったから、これでいいんじゃない?"とか言ってたんだけど、許してくれないんですよ。それでもう途中で諦めて、"好きなだけ叩いてください"という風になりました(笑)[48]」「精進を積み重ねた上で、もっと高いところへという志、それが『yukihiro道』なんですよ。それを理解するために彼とはいろいろ話をしましたね[48]」と述べている。また、ともにバンドを組むhydeは「良いの録れてるのにずっとやってる[49]」、KYOD'ERLANGER、ex.DIE IN CRIES)は「レコーディングを延々にやってる。完璧主義者[50]」と述べている。
    • L'Arc〜en〜Cielのシングル「STAY AWAY」のレコーディングではドラムを100回近く叩いたといい、ドラム録りに2日かかったという[51]。また、他の曲でもドラム録りだけで2、3日掛かることもあったといい、岡野ハジメは「普通だったらだいたい良いテイクが出来たら、ミスした部分をパンチ・インするなり、エディットしてOKになるんですけど、それを許してくれないんです[48]」と述べている。
    • しかし、L'Arc〜en〜Cielのアルバム『KISS』のレコーディングでは、レコーディングに入る前に全曲1度仮で録ったことにより、以前よりドラム録りが早くなった[52]といい、2012年のインタビューでは「ここ最近は誰かが"良いね"って言ってくれたら良いんだと思えるようになった。そうした方がレコーディングの現場って楽しくなるなあって(笑)...だから今まで迷惑かけてたのかなってちょっと反省してますね[49]」と述べている。
  • 身長165cm、体重48kgと非常に細身の体型であり、担当のドラムも体力を使うパートなためか、ツアー中に体脂肪率を計ったところ、低すぎて計測不可能になったことがある[53]
    • 食が細くライブの打ち上げなどで食事に出かけてもあまり食べないため、それを心配したL'Arc〜en〜Cielのメンバーが一つにまとめたセット(通称:ユッキーセット)を注文し食べさせていたことがあった[54]。また、ライブ当日は基本的に、水、のど飴、ウイダーinゼリーカロリーメイトぐらいしか口にしないという[50]
  • L'Arc〜en〜Ciel加入以前の呼び名は「先生」だった。これは、学生時代に英語数学家庭教師をしていたことからである。また、ラルク以降も時々、特にacid androidとして活動する際には 「先生」と呼ばれているが、概ね「ユッキー」の愛称が定着している。また、L'Arc〜en〜Cielのメンバー3人にとって元々バンドマンとして先輩だったため、加入当初kenやtetsuyaはどう呼んで良いか分からなかったらしい。hydeが前触れも無く不意に「ユッキー」と呼んだため、この愛称が定着した[55]
  • 1997年に初めてL'Arc〜en〜Cielのレコーディングに参加したとき、hydeが水着を着ていてびっくりしたという(yukihiro本人は、水着と発覚するまで「ピチッとした半ズボン」だと思っていた)。また、hydeの初期の容貌から「綺麗な人」というイメージを持っていたため、いざhydeが登場したときにヒゲが生えていたことにもびっくりしたと語っている。
  • L'Arc〜en〜Ciel加入以前はバンドマンたるものかくあるべし、というポリシーを断固として守っていた。例えば「半袖は着ない」「ハワイには行かない」など。音楽以外に割く時間はないと、自動車免許も持っていなかった。しかし、L'Arc〜en〜Cielに加入し、自然体のメンバーに大きな影響を受けた後は、ハワイも行き、半袖を着用するようになった。1999年にはリーダーであるtetsuyaに「車の免許も取ったほうが良い」と言われ取得したことを、FMラジオで公言した。
  • バンド内でギターを担当していたこともある。しかし、パワーコードしか押さえなかったため、弦は4本しか張っていなかったらしい。
  • L'Arc〜en〜Cielに加入直後に発売したアルバム『HEART』に関するインタビューにおいて、yukihiroは「前のラルクと違うと思われるのは当たり前だと思う」「ただ、カッコ悪くなったと思われるのは嫌だから、プレッシャーもあった[56]」と述べている。
    • また、L'Arc〜en〜Cielでドラムを叩くことに対して、2009年発売のドキュメンタリービデオで「凄いプレッシャーだよね。あの3人を前にして、俺がコケたら皆コケるわけじゃん?[57]」と発言していた。

脚注[編集]

  1. ^ yukihiroの自主レーベルで、CDの流通・製造はソニー・ミュージックマーケティング(2001年以降)やユニバーサルミュージック(2018年)。
  2. ^ a b c d 音楽と人2006年6月号
  3. ^ a b ROCKIN'ON JAPAN』2004年3月号
  4. ^ INTERVIEW――yukihiro 〈yukihiro best〉”. TowerRecords. 2010年3月10日閲覧。
  5. ^ 【インタビュー】ラルクのyukihiro、時雨の345、モーサムの百々からなるgeek sleep sheep、結成前夜から現在までを語るロングインタビュー「ドラムがやりたかったんですよね」”. BARKS. 2017年8月17日閲覧。
  6. ^ geek sleep sheep、人気バンドの3人が新バンドを始めた理由”. CINEMA.NET. 2017年8月17日閲覧。
  7. ^ acid android”. TOWER RECORDS ONLINE. 2014年8月11日閲覧。
  8. ^ a b acid android × THE NOVEMBERS ×土屋昌巳―なぜデペッシュ・モードをカヴァーするのか? 音楽の扉を開いた恩人への想い”. mikiki. 2016年7月26日閲覧。
  9. ^ acid android、新曲も披露された東名阪ツアー・ファイナル公演レポート”. SPICE. 2016年11月4日閲覧。
  10. ^ 上領 亘 × yukihiro、ドラムマガジンでGRASS VALLEY対談 - BARK
  11. ^ 『リズム&ドラムマガジン』2004年5月号、リットーミュージック
  12. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 本邦初公開、yukihiroのself studio! - SonyMusic
  13. ^ a b 『サウンド&レコーディングマガジン』、p.79、2017年2月号、リットーミュージック刊
  14. ^ a b c d 『サウンド&レコーディングマガジン』、p.76、2017年2月号、リットーミュージック刊
  15. ^ a b c d e f g 『サウンド&レコーディングマガジン』、p.77、2017年2月号、リットーミュージック刊
  16. ^ a b 『サウンド&レコーディングマガジン』、p.72、2020年8月号、リットーミュージック刊
  17. ^ a b c d 『サウンド&レコーディングマガジン』、p.73、2020年8月号、リットーミュージック刊
  18. ^ a b 『サウンド&レコーディングマガジン』、p.75、2020年8月号、リットーミュージック刊
  19. ^ 【対談】BAROQUE × ACID ANDROID、時代と表現と音楽「受け継ぎながら繋がっていく」- BARKS
  20. ^ a b 『サウンド&レコーディングマガジン』、p.75、2017年2月号、リットーミュージック刊
  21. ^ 『サウンド&レコーディングマガジン』、p.71、2020年8月号、リットーミュージック刊
  22. ^ a b c 『GiGS』、p.7、1998年12月号、シンコーミュージック
  23. ^ <お詫びと訂正>11月号「oscillator lover by yukihiro」掲載内容について- Sound & Recording
  24. ^ a b 19 FOREVER 第107回 ゲスト:yukihiro (GEEK SLEEP SHEEP) interFM897「19 FOREVER」アーカイブ
  25. ^ a b L'Arc〜en〜Ciel バンド結成20年の歴史を振り返るメンバー4人ソロインタビュー ナタリー
  26. ^ a b 音楽と人『yukihiro milk another story』」2014年
  27. ^ a b c d 『GiGs』、p.13、1998年12月号
  28. ^ 【対談】 THE NOVEMBERS小林とacid androidのyukihiroが語る、“構築的な美しさ”の源泉 BELONG Media
  29. ^ a b ラジオ番組『FLYING〜L'Arc〜ATTACK』2001年3月22日放送分
  30. ^ ラジオ番組『FLYING〜L'Arc〜ATTACK』2002年3月13日放送分
  31. ^ ぴあ社『R&R NewsMaker』1999年6月号
  32. ^ a b c d acid android 『13:day:dream』 - TOWER RECORDS
  33. ^ ラジオ番組『FLYING〜L'Arc〜ATTACK』2000年11月16日放送分
  34. ^ ラジオ番組『FLYING〜L'Arc〜ATTACK』2001年8月16日放送分
  35. ^ ラジオ番組『FLYING〜L'Arc〜ATTACK』2000年11月2日放送分
  36. ^ a b ラジオ番組『FLYING〜L'Arc〜ATTACK』2001年9月28日放送分
  37. ^ a b 【対談】 THE NOVEMBERS小林とacid androidのyukihiroが語る、“構築的な美しさ”の源泉 - BELONG
  38. ^ 『GiGs』、p.6、1998年12月号
  39. ^ ラジオ番組『FLYING〜L'Arc〜ATTACK』2000年11月16日放送[出典無効]
  40. ^ 1L'Arc〜en〜Ciel 「yukihiroさん」 BHC来訪! バンダイホビーセンター 司令官の宇宙日誌〜Space diary of the captain〜
  41. ^ 弐瓶勉、ラルクyukihiroソロプロジェクトのキャラ執筆”. コミックナタリー. 2014年8月11日閲覧。
  42. ^ ラジオ番組『FLYING〜L'Arc〜ATTACK』1999年11月29日放送分
  43. ^ 日本テレビ音楽番組『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』2005年6月25日放送分
  44. ^ 『サウンド&レコーディング・マガジン』2015年12月号、リットーミュージック
  45. ^ a b barks. “ラルクyukihiro+ドアラ、『ドアラルクカレンダー』発売に「二人の間に距離はない」”. 2016年3月13日閲覧。
  46. ^ スペースシャワーTVV.I.P. ─L'Arc〜en〜Ciel─』2011年12月25日放送[出典無効]
  47. ^ 『ark 15th Anniversary Expanded Edition』特典DVD、2006年
  48. ^ a b c 『音楽プロデューサー 岡野ハジメ エンサイクロペディア CATHARSIS OF MUSIC』、p.150-p.151、シンコーミュージック・エンタテイメント、2019年
  49. ^ a b 『BUTTERFLY』完全生産限定盤特典DVD、2012年
  50. ^ a b JAMBORiii STATION番組『acid android / yukihiroの歴史を学ぶ!~KENTと大吾の勉強会~』
  51. ^ 『R&R NewsMaker』、p.28、2000年10月号
  52. ^ 『WORDS II L'Arc〜en〜Ciel』角川書店、2010年
  53. ^ QUADRINITY 〜MEMBER'S BEST SELECTIONS〜』特典DVDの問題より
  54. ^ NHK総合テレビ系音楽番組『MUSIC STATION2007年11月16日
  55. ^ 日本テレビ系音楽番組『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』 2007年11月16日放送分より本人談
  56. ^ 『WHAT's IN? PICTORIAL』、p.24、ソニー・マガジンズ、1998年Vol.6
  57. ^ DVD『DOCUMENTARY FILMS 〜Trans ASIA via PARIS〜キューンミュージック2009年

参考文献[編集]

  • 音楽と人』2006年6月号、シンコーミュージック社
  • リズム&ドラム・マガジン』2004年5月号、リットーミュージック刊
  • 『リズム&ドラム・マガジン』2016年1月号、リットーミュージック刊
  • 『yukihiro milk another story』、音楽と人社

関連項目[編集]